スイス国民から何を学ぶか

長谷川 良

スイスで11月27日、脱原発時期を早めるイニシアチブの是非を問う国民投票が実施され、反対が54・2%で多数を占めて否決された。投票率は45%だった。

スイスでは東日本大震災によって生じた福島第1原発事故(2011年3月)を受け、連邦議会が新規原発建設を禁止する脱原発を決定。その後、「エネルギー戦略2050」で原発を段階的に再生可能エネルギーに転換する方針を決めた。ただし、同戦略では脱原発の方針は示されているが、脱原発の最終期限は定められていない。

今回は「緑の党」などが原発設備の老朽化による事故を防止するため運転期間を一律45年とするように提案した。同案は採択される可能性が高いと予想されていただけに、結果には驚かされた。

同国では電気需要の約35%を原発で賄ってきた。代替エネルギーの見通しが立たない中で、脱原発を進めることに政府、産業界から懸念の声が出ていた。スイス国民は脱原発プロセスの加速化には「ノー」を突き付けたことになり、他の欧州諸国にも少なからず影響を与えるものと予想されている(例:ドイツでは脱原発の最終期限は2022年)。

国民投票が可決されていたら、同国にある5基の原発のうち、1969年建設のベツナウ第1原発、ベツナウ第2原発、そしてミューレベルク原発の3基は来年、停止され、 ゲスゲンとライプシュタット の2基は2024年、2029年には停止され、脱原発が実現する予定だった。ちなみに、ベツナウ原発は現在稼働している世界最古加圧水型炉だ。

▲スイスのベツナウ原発の建設当時の様子「swissinfo ch」(SWI) のHPから

国民投票では、スイス連邦政府は早急な脱原発を国民に警告する一方、スイス大手電力運営会社アクスポ(AXPO)のAndrew Walo 社長は脱原発の加速化が決定した場合、エネルギーの安全供給に支障が出てくるだけでなく、脱原発によってもたらされる損害賠償を要求する意向を表明していた。その被害総額は41億スイス・フラン(約38億ユーロ)にもなるという。それらのアピールが国民に脱原発加速化を考えさせる上で一定の効果があったことは疑いないだろう。

ところで、興味深い点は、脱原発問題だけではなく、スイスでは国民投票の結果が世論調査とは一致しないケースが多いことだ。例えば、スイスで今年2月28日、同国の右派政党「国民党」(SVP)が提出した犯罪を犯した外国人の追放の強制履行の是非を問う住民投票が実施され、反対が58・9%を占め、拒否されている。
スイス(2014年人口約820万人)には約200万人の外国人が住んでいる。スイスの外国人率は約25%だ。国民の4人に1人がスイス国籍を有していないことになる。外国人の犯罪率も高まってきた。それだけに、外国人法改正案は採択されるものと予想されていたが、国民は現行の外国人法(2010年施行)で十分と判断し、反対が多数を占めた、といった具合だ。

スイスは直接民主制だ。重要な法案については国民に是非を問う国民投票が実施される。特に、国民の生活に大きな影響を与える外国人問題や脱原発問題ではその時の政情や出来事の影響で採択されたとしても、時間の経過と共に現実の状況にそぐわなくなった場合、スイス国民はその修正を積極的に実施してきているわけだ。これはスイスが誇る直接民主制のポジティブな面ともいえるだろう。

今回の国民投票の結果は、再生可能なエネルギーの開発が遅れている現在、エネルギーの安全供給のためには原発の操業が不可欠といった国民の冷静な判断が働いたのだろう。将来のエネルギー政策の在り方より、脱原発というイデオロギーが先行する日本とは違って、スイス国民は非常に現実的だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年12月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。