チケット再販市場を閉ざそうとする?日本と、市場効率性を高めようとする米国

鈴木 友也

NY TIMESより引用(編集部)

チケット再販のコラムを先日日経ビジネスに書いたばかりですが、この分野で面白い動きがありました。ヤフーとエイベックス・ライヴ・クリエイティヴが主催者公認の譲渡(定価での再販)サービスを年明けから開始するとのこと。

まず思ったのは、この動きは音楽業界に根回しが済んでいて共同歩調を目指したものなのか、あるいは逆に業界をディスラプトして一石を投じようとする動きなのか、当面は様子を見ながらどちらにも舵を切れるようにその間を行くのかというものです(誰か詳しい人がいたら教えて下さい)。ご存知のように、音楽業界は今年8月にチケットの高額転売反対の意見表明をしています。

現在の日本の音楽業界のチケット再販に対するスタンスは、一方でチケット購入者の変更や払い戻しといった救済手段を提供しないまま、転売も禁止しようとするもので、消費者保護の観点からバランスが悪く問題があると言わざるを得ません。そのため、ヤフーとalcの動きが、業界に救済手段を提供するツールとして広まるのであれば、方向性としては転売禁止の方向に進む可能性が高いと考えられます(今、業界は転売に反対しているだけで、USJのような禁止措置はまだとっていない)。このシナリオは処分市場を念頭に置いたものですね。

日経ビジネスのコラムでも書きましたが、チケット再販市場は「処分」(行けなくなった場合の在庫処理)と「営利」(鞘抜きするための転売)の2つのマーケットに大別されます。もちろん、ボリュームで言えば後者の方が圧倒的に大きいわけで、転売を事業として行うならこちらの方が収益性は高いのです。報道では、将来的には譲渡価格が変更できる機能も盛り込んでいくということで、その場合は営利市場にも進んで行くシナリオなのでしょう。

まあ、音楽業界としても、今後の再販市場へのアプローチをまだ決めかねているのかもしれません。再販を禁止するには、確実な本人認証を行う仕組みが不可欠ですし、そもそも転売禁止措置が合法なのかという疑問も残ります。再販業者から独禁法違反の訴訟を起こされるリスクもあるわけで、再販禁止という方針を確実に運用し、それが受け入れられるにはまだ不確定要素が多い状況です。とはいえ、当面は再販禁止の方向に舵を切るのでしょう。

日本のスポーツ界はまだチケット再販に対するスタンスを明らかにしておらず、事実上これを黙認している状況です。再販禁止に向かいつつある音楽業界を参考に、これからどのようなかじ取りをしていくべきでしょうか。

スポーツ業界は商品の反復性が高く、シーズン席保有者による一定の処分市場が見込めることから、音楽業界に比べればチケット再販との相性は良いと思われます。でも、再販を認めるにしても、どの程度まで認めるべきなのか、認められるのか。米国の再販市場拡大の経緯から学ぶことがあるとすれば、市場形成の初期から興行主が主導権を握って再販市場を自ら作っていくことでしょうか。米国は、再販業者に奪われてしまった市場を取り戻すのにライツホルダーが四苦八苦しています。

ちなみに、再販が既に社会的に受け入れられている米国では、最近またいろいろと動きがありました。

まず、先月NFLが再販サイトで設定している最低価格(Price Floor)の一部撤廃を決めました。これも日経ビジネスで書きましたが、再販業者には、ライツホルダー側につく(興行主の価格政策を保護する)業者と、マーケット側につく(販売価格が完全に売り手と買い手の需給バランスで決まる)業者の2タイプあり、NFLは前者のTicketmasterと公式契約を結んでいます。TicketmasterはNFLの求めに応じて、一定金額以下でチケットを再販できない様にシステム上制約を設けています。

これは、球団にとって優良顧客であるシーズンチケット保有者の利益を保護するためのものなのですが(シーズン席を上回る割引率でチケットが再販されると、球団からシーズン席を買うインセンティブがなくなる)、こうした規制が反トラスト法(独禁法)違反であるとして州から訴えられていました。フロリダ州・マサチューセッツ州・ニューヨーク州・オハイオ州・ペンシルバニア州・コロンビア自治区の6つの州・自治区の司法長官がNFLを訴えており、NFLが和解に応じたのです。

こうした動きは、より自由で制約のないチケット再販への流れを強めるものです。

また、NFLとは対照的にマーケット側につくStubHubと公式契約を結んでいるMLBですが、球団の中にはこの契約を離脱して独自の再販サイトを設けている球団も今年から生まれています。その1つがレッドソックスで、今年から「Red Sox Replay」と呼ばれる自社再販サイトの運用を開始しました(実は、このサイトのバックエンドはMLBAMが制作しており、水面下でStubHubとBAMの戦いが行われているという面白い状況なのです)。

まあ、遅かれ早かれMLBもStubHubとの契約をやめて再販市場の内製化フェーズに入って行くでしょうから、「Red Sox Replay」はその試金石と言えるかもしれません。

報道によれば、今シーズンレッドソックスは合計8万5000枚のチケットを「Red Sox Replay」で再販したそうです。1試合平均で1000枚ちょっとの計算ですね。基本的には、シーズンチケット保有者の処分市場を第一ターゲットに顧客満足度に配慮したたてつけになっています。

レッドソックスは、ある経営上の戦略に基づいてシーズン席数を球場のキャパシティの6割を上限としており、約2万2000席がシーズン席保有者です。つまり、少なくとも毎試合約5%のシーズン席保有者がNo Show(チケットは買っているが試合を観に来ない)だったということになります(実際は、RSR以外の再販サイトを使っている人もいるだろうし、再販していない人もいるだろうから、この比率はもっと高いことが予想される)。

No Showはシーズン席の更新率と相関関係が高いため(No Show率が高まるほど更新率が下がる)、観に行けなかったチケットを適切に処分する選択肢を顧客に提供していくことは顧客育成上とても重要なのです。

ちなみに、「Red Sox Replay」では、売り手から手数料として販売価格の5%(StubHubなどは10%なので、それに比べると安い)を取るのですが、シーズンチケット契約を更新すると手数料がリベートとして戻ってくるという仕組みにしており、これを更新のインセンティブにうまく活用しているようです。

このように、米国のスポーツ界は市場効率性を高め、市場の内製化を進めており、チケット再販市場を開けまいとする日本とは対照的な動きになっています。


編集部より:この記事は、ニューヨーク在住のスポーツマーケティングコンサルタント、鈴木友也氏のブログ「スポーツビジネス from NY」2016年12月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はスポーツビジネス from NYをご覧ください。