本屋大賞「京都嫌い」と朝日新聞にとっての東京・大阪・京都

八幡 和郎

『京都嫌い』(井上章一著・朝日新聞出版)という本が売れていると聞いてはじめ信じられませんでした。京都本は売れないのが出版界の常識だったし、井上氏の斜に構えた京都論はむかしからよく知られて目新しくもない。

ただ、それが売れたのは、京都の知恵のようなものが役に立つと世間が思ったということなら結構なことです。そこで、井上氏の京都論を分析し、あわせ京都の知恵の前向きな応用を考えようということで、「誤解だらけの京都の真実」 (イースト新書) 本を書きました。

京都・東京・大阪という三都の心象風景

 生粋の京都人は田舎者に教えてやるぞという高慢な態度で自慢話をよくします。しかし、京都人でこの町が大嫌いという人も多いようです。たとえば、亡くなった映画監督の大島渚さんからは、「俺は比叡山から京都を見下ろして、いつかこの町を焼いてしまいたいと思ったことがある」と私に言ったことがあります。 

江戸っ子たちは、その時代のエッセイや物語を見ると、京都のことは悪くばかり言うことが多かったようですが、最近の東京の人は、東京遷都でコンプレックスを感じる必要がなくなったせいか、この不思議な都に魅了されて手放しで賛歌も奏でる人た多いようです。

大阪人は面白おかしい罵詈雑言を京都人に浴びせるのがいまも好きです。隣にめんどくさい奴らが住んでいて不愉快といった感じです。おまけに東京人が京都のことを大阪より上だと思っているらしいのがまたまた気にくわないのです。

江戸時代から京・江戸・大坂のことを三都と呼んでいたようです。近代になると、明治二年の版籍奉還で三府三〇二県が成立し、東京・京都・大阪は特別の扱いを受けましたが、昭和18年に東京都が成立し、京都や大阪と違う存在になりました。

最近では、大阪が「都構想」を掲げ,東京の人々に「都」という言葉を使うのは許せないともいわれました。京都では府市合併論は盛んでありませんが、もし、京都で都制を提案したら、都という字を使うなとは言われないでしょうが、「京都都」というのも変なのでどうするのでしょうか。

この三都の歴史的な関係はともかく、現在、互いのことをどう思っているかを少し考えて見ましょう。

東京の人は大阪のことは良く思っていないようですが、京都には一目置いているようです。転勤になったとき京都なら家族で行くが大阪は嫌だとか、単身赴任をしたときも、京都には家族がくることもあるけれども、大阪にはほとんど来ないともいいます。

このことは、京都の企業が東京に本社を移すことはあまりないけれども、大阪の企業は大きくなるとすぐに東京に移ることにつながります。

ただし、逆に考えれば、東京は大阪人の天国かもしれません。だいたい、大阪の方が東京より競争が厳しいのです。ですから、大阪から東京に進出すると割に簡単に成功するのです。

また、新聞でいえば、五大紙のうち朝日・毎日・産経という三紙が大阪から出ていることで分かるように、東京山の手のインテリ層のかなり大きな部分は阪神地方の出身者なのです。

それでは京都と大阪の関係はどうかというと、互いにまるで認め合っていません。京都の人は大阪は商売だけの町だと思っていますし、大阪の人は京都は実力もないのに威張っているだけと思っています。

京都の人は大阪の人の「ばんばん・へなへな」といった擬音語・擬態語を使った直接的で生々しい言葉遣いで、しかも、大声で話すのを品がないと感じるし、大阪人は京都人の「ゆっくり・丁寧・婉曲」なもの言いにいらだちます。

大阪発祥の朝日新聞ならでは

朝日新聞という媒体を考えると、朝日新聞のアンチ権力の姿勢は、関西人的な個人主義に裏付けられているわけですが、それを大阪人的な現実主義のぼけと突っ込みで表現しても東京では共感を呼びません。

そこで、朝日新聞は京都的な奥行きのある知性主義を持ち込んで、代弁させていると思うのです。そういう意味では、井上章一氏の京都論は、大阪人の新聞である朝日新聞的には非常に都合が良いものなのです。

かつて、彼のエッセイでヒットしたものに、ノーパン喫茶は大阪発祥だと思われているが、実は京都上賀茂に第一号店はあったというのがありました。こうした、お高く止まっている京都人を斜交いから攻めて、京都と大阪を相対化してみせるというのが井上氏の得意の手法の一つです。

その分析力の源泉は、郊外の嵯峨生まれの井上氏が京都人として洛中の人から認めてもらえない嵯峨の人間としてのコンプレックスをなかば自嘲気味に受け入れつつも、洛中の人々のプライドの高さをからかう、しかし、追い詰めるようなことはしないという井上氏の独特の手法が、大阪人から見て非常に心地よいものなのです。

そして、そんな牽制のおかげで、少し鼻っ柱をくじかれて大人しくなった京都人のいうことは、朝日新聞にとって東京の権力批判のために使いやすい感触なのだと思います。

そういう意味で、「京都ぎらい」が朝日新聞出版から刊行されてベストセラーになったのはゆえなきことではなさそうなのです。

八幡和郎
イースト・プレス
2016-12-10
井上章一
朝日新聞出版
2015-09-11