當る酉歳・顔見世先斗町興行

暮の京都というと、これは南座の顔見世である。芝居好きが、他の街と較べてとくに多いということもないだろうが、南座は、藝どころの花街と背中合わせの一体で、やはりここに大きな芝居が立つと、四条界隈の空気も変わる。京都市街にとっては、なくてはならぬ、にぎわいの要穴である。

ところが本年年初のこと、南座は休館する旨、経営の松竹から突然広報があった。

「改正耐震改修促進法による耐震診断を実施した結果、安全性向上を図る工事を検討することになりました」
http://www.shochiku.co.jp/notice/play/2016/02/015421.html

という次第。

松竹は、京都での興行の一部を、すでにすこしづつ他の劇場に振り替えはじめていたから、その兆しがなかったわけでもないのだが、やはり驚かされた。しかしわたしが、自宅にいるのと、南座で芝居を見ているのと、どっちが危険かと問われても、どっちもどっちだとしか言えない。鉄筋コンクリートで八十何歳の南座よりも、京都にはもっと老齢の木造住宅も多い。この

「改正耐震改修促進法」
http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/jutakukentiku_house_fr_000054.html

というものは、はたして大多数の安心安全を主眼にしてできたものなのかと、わたしにはどうしても疑念が生じてくるのだが。

耐震問題はこの程度にしてはなしは今年の顔見世に。もし南座が休館したとしても顔見世がなくなる、とはだれも夢にも思わない。1990年から翌年にかけて南座が大改修をした際には、祇園甲部歌舞練場に会場を移したという例もすでにある。しかし今回は甲部には持ってゆかれなかったにちがいない(サラリと理由は省きます)。なんと先斗町の歌舞練場に持ってきた。ところが南座約1000席に対して先斗町は約500席しかない。

その南座だって歌舞伎の小屋としては大きい方とはいえない(現在の歌舞伎座1800、国立劇場1600はもちろんだが、江戸三座にしてからが2000人は入ったものもあったと、森鴎外と三木竹二などが表にして示していたほどだ)。それをもっと小さい劇場で、客席も半減。チケットは値上がりしはしないのだろうか。それより演目はどうなるのか、と芝居好きは皆それぞれに心配したのだが、松竹は、顔見世の昼の部、夜の部の二部制の興行を、一部、二部、三部の三つに切り直して、チケットの単価の高騰を防いだ。また演目についていえば、南座の回り舞台のようなものは先斗町にはないので、装置や転換の大がかりな狂言は避けた。演出についても同様。

以上は松竹の止むを得ぬ措置とはいえ、じつはこのことに期待する向きもあったのだ。小さい小屋の芝居でだったら、どの席からも役者が近い。舞台の役者から見ても客席が近い。芝居もおのずとちがうものになるはずだと。

わたしが見たのは中日を過ぎた頃ということも手伝って、元が人形浄瑠璃の丸本物など、南座での上演とはちがった、独特の間が生れていたように思われ、なんとも言えぬ濃い芝居になっていた。あえて冷静に抽象的に書くけれども、この親密な空間で、あんな所作の芝居をされたら、気持ちがふっと向こう側に持ってゆかれそうになる。

興業もまだ一週間は続く。またわたしが出かけた日は、NHKのカメラが入っていたようだったから、その収録分も例年通り年末に放送されるだろうが、来年の顔見世は一体どうなるのだろう。

わたしとしては、やはり南座に戻ってもらいたい。しかしそう思う一方で、小さい劇場の密度の高い芝居も捨て難い。実に悩ましい。

また今年の三部制よりも、元の昼夜の二部制の方が、断然腰をすえて楽しめると思う。そうは思うものの、今年の夜の部は、開演が5時45分ということもあって(二部制だったら、普通は4時前後に開演)、そのせいか客席も若返ったようで(ご老齢のファン皆さまには申し訳ありません)、また男性も多く、その男性も一人で来られる方も多く、これはこれで成功していたように見えた。東京の劇場が三部制で回している理由もこのあたりにあるのだろうか。

松竹としては、南座を休ませた上にも、客席数の少ない他の劇場を借りているわけで、その負担も並のものではないだろう。しかし当の松竹からは「安全性向上を図る工事を検討することになりました」に続くお知らせはなく、いま事態がどこまで進展しているかは、まったく以って不明。

歌舞伎座の建て替えのように、高層ビルの膝元に劇場を収めるのは、京都で、ましてあの立地では完全に無理。かといってあの外観を保ったまま耐震化工事ができるものだろうか。劇場の内部構造も絡んで、容易なことではあるまい。松竹にも難問なのかもしれない。

2016/12/17 若井 朝彦

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