日経がアゴラに追いついた⁈社会保障報道“ポリコレ”論

新田 哲史

「チェックなき膨張」の見出しが踊る日経の社会保障特集(16年12月19日朝刊)

先日、蓮舫氏のインタビューで、二重国籍問題について聞き手の記者が華麗にスルーしてみせた日経新聞のダメさ加減について嘲笑したが、昨日(12月19日)の朝刊については是々非々で評価しておきたい。週明け早々、野心的な企画で目を覚まさせるようだった。一面トップで始まった新連載「砂上の安心網」だ。

高齢者医療、チェックなき膨張 2030年 不都合な未来(1)※リンク先は電子版の有料会員

一面だけでなく、5・6ページ目では見開きで、2030年の「社会保障崩壊」シナリオのシミュレーションや世代間の不公平感を年代別に尋ねたアンケートを掲載。シニア世代にも応分の負担を求める与謝野馨・元経済財政相ら、これまで政治が敬遠しがちだった有識者の意見も紹介している。特に、5ページのシミュレーションはなかなか読み応えがある。

203X年、時の総理が突然、社会保障制度の解散を記者たちの前で宣言する場面から一気に読める。なにより、池田信夫もしばしば引用している鈴木亘・学習院大学教授の試算に基づいた構成で、インフォグラフも交えた構成は、相当程度の準備期間を要した企画だったことがうかがえる。一瞬、元日朝刊の特集企画かと見紛うほどの作り込みだが、さすがに三が日にお屠蘇気分に浸っている読者の酔い覚ましだけは回避して、年内に持ってきたのではないかと思ったくらいだ(笑)

池田が以前鈴木氏の試算を元に作成した「ゼロ成長の場合の国民負担率の予想」グラフ

日経が22人もの記者を動員し、初回は一面から中面まで展開する特集企画をこの時期に持ってきたのは、国の予算案が固まる時期という季節性もあろうが、なによりも日本を代表する経済メディアとして、2030年には社会保障債務が2000兆円に達する(鈴木教授試算)という惨状に、心底危機感を表したものだろう。

これまでも、大手の新聞でそれなりに社会保障の不都合な未来について指摘する記事なり、特集なりはあったが、シニア世代が主要読者である一般紙は本音では言いづらい。視聴者が高齢化するテレビも、ワイドショーで政治の話題は一見増えているようだが、小池都政の話を取り上げたとしても、社会保障の膨張を本気で取り上げることはない。ポピュリズム政治を社説で戒める勇ましい新聞がたまにこの問題を果敢に提起することはあるが、シルバーデモクラシーの現状では、普通の政治家にとって、社会保障の切り込みを口にすることは選挙での死を意味するので、政治家たちにとって、そうした報道は、記事の字面を目で追うだけのお題目に過ぎない。

「年金なんかどうせ破綻するんだから払いたくないもん」という若者たちの本音はもちろん政治的に正しくない「暴論」と扱われ、新聞では「正論」になり得ない。結局、そういう構造だから、近頃のアゴラでの流行語を借りて言えば、既存メディアにとって社会保障の不都合な真実は、どんどんポリコレ化して、まともに取り上げられてこなかったのではないか。

もちろん、日経の記事も「大山鳴動して。。。」の範疇に終わるのかもしれない。が、大手紙としては一歩踏み込んだと感じさせたのは、一面記事の「公助・共助・自助、現場に「解」探す」(リンク先有料会員のみ)との見出しを掲げたコラム。これは取材班がなぜこの連載を始めるのか意図を綴っているのだが、そこで今年の世界の顔と言えるアノ人物の名前を持ち出している。

米国の「トランプ旋風」は社会の分断が発火点だった。幸い、いまの日本は修正不能な亀裂を抱えているようにはみえない。しかし財政が崩れる先に待つのは、社会の安定を保つ分配の限界、そして世代間の断裂だ。

私は社会保障については全くの専門外だが、拙著「蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた?」(ワニブックス新書)では、勤続疲労の目立ち始めた既存メディアの問題点についても指摘したこともあって、政治とメディアの視点からこの問題を非常に興味深くみている。トランプと同じく、社会にはびこる不満をうまくすくいあげる新しいタイプの政治家や政治勢力が日本にも出現するかどうかに注目しているからだ。

「どうぜ年金制度は破綻して自分たちの時代に給付なんかされるわけがない」と若い世代の本音や、世代間格差への不満に対し、燎原の火をつけるように煽り立て、「年金制度は破綻しない」などとポリコレ的に修正にかかってくる既存の政治家やメディアに真正面から異議を唱えるような存在だ。日経のコラムでは、そこまで踏み込んではないものの、これを書いた記者が、世代間格差を煽る「日本版トランプ」を頭の片隅に置いているのではないかと少しだけ感じさせるものだった。

取材班の記者たちは、ネット世代も多いであろうから、連載の続きでは、これまでにない大胆な記事を期待したい。

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民進党代表選で勝ったものの、党内に禍根を残した蓮舫氏。都知事選で見事な世論マーケティングを駆使した小池氏。「初の女性首相候補」と言われた2人の政治家のケーススタディを起点に、ネット世論がリアルの社会に与えた影響を論じ、ネット選挙とネットメディアの現場視点から、政治と世論、メディアを取り巻く現場と課題について書きおろした。アゴラで好評だった都知事選の歴史を振り返った連載の加筆、増補版も収録した。

アゴラ読者の皆さまが2016年の「政治とメディア」を振り返る参考書になれば幸いです。

2016年12月吉日 新田哲史 拝