麻婆豆腐に足りない水の科学 --- 奥田 早希子

寄稿

写真ACより(編集部)

私は麻婆豆腐が結構好きらしく、翌日の朝のお尻に優しくない程度に辛いやつを月1回くらいは作る。中華料理に油はつきもので、体脂肪のことを考えて控えめにはしても、それでもやっぱりフライパンやお皿には、オレンジ色をした食の名残が居座る。その名残を前に、考えこんでしまうことはないだろうか?「これ、どうしよう。。。」って。

そのままシンクで水をかけると、シンクのあちこちが油まみれになる。油のヌルヌルを取るには結構な量の洗剤がいるし、手編みしたナイロンたわしの羊さんはオレンジ色に染まる。いずれも大惨事だ。それは避けたい。

そこで活躍しているのが、料理研究家の小林カツ代さんが企画に携わられたというペンギン型のスクレイパーだ。フライパンについた食の名残はスクレイパーでお皿に移動。お皿に居座る名残は、ごめんなさいですがゴミ袋へ。さらにどちらもぼろ布で拭いてから洗う。いや、ここまですればフライパンはかなりきれいになっているから洗わない。だから、めんどくさくないし、ついでに洗剤の量も水の量も少なくて済む。

それで節約できる水道料金や洗剤代なんて、たかが知れているんだけど、それでもそんなことをやってしまうのは、お金の話ではなく、めんどくさくないが半分、残り半分はできるだけ丁寧に水を地球に還したいと思うから。小学校の時に修学旅行で部屋の掃除をしたことがある人は多いと思うけど、その時に先生に言われた「来た時よりきれいにして帰ろう」という心意気と同じ。水を使う前よりきれいにして還すことは個人レベルではできないけれど、せめてできるだけ汚さないようにして還したい。

台所やトイレなど家庭から出た排水は、家の中のパイプを通って、さらに地面の下に張り巡らされた下水道のパイプを通って、下水処理場できれいに処理されてから川や海に還される。地方では下水パイプは通らず、庭の地下なんかに設置された合併処理浄化槽が処理を担うこともある。こうした「生活排水処理インフラ」に対して、油はけっこう悪さをすると言われている。例えばパイプをつまらせたり劣化させたり、あるいは処理の負担にもなる。

ペンギンスクレイパーとぼろ布によるささやかな行動だけど、流れていく油の量を減らすことはそれなりに意味がある。私たち一人一人が丁寧に水を還すように心配りをしながら暮らすことは、生活排水処理インフラの負荷を減らし、長持ちさせることにつながっているんだから。

となると、だ。好きでやってることだから誰に褒められたいわけでもないけれど、下世話なもんで、それでもやっぱり自分がやったことの効果というか成果は知りたくなるのが人情ってもの。

丁寧に水を還すことに気を付けて作った麻婆豆腐1回につき、気を付けない時よりどれくらいパイプの寿命が延びるの? どれくらい下水処理が楽になるの? いくらくらい下水パイプを直すお金が安くなるの?

実は今、下水パイプの老朽化が深刻で、日本各地で年間3,300件近く道路が陥没している。でも下水パイプを直すお金が自治体にないという、結構な危機的状況にある。

じゃあ「丁寧版麻婆豆腐」の何回分で、道路陥没を1件減らせるの? 下水パイプに必要な社会コストがいくら安くなるの?

・・・・・でも、ないのだ。因果関係の証明が難しいのか、そもそもそんな研究がなされていないからなのか、残念ながら情報がないのである。

海外に目を転じてみると、水に関係する社会課題はもっとたくさんある。そもそも水の量が少なく、生活排水処理インフラも整っていない国々が、西アジア・北アフリカ・サハラ以南のアフリカ地域には多い。安全な飲み水を利用できていない人は2015年時点で約7億人と、世界人口の1割近くにのぼる。

じゃあ「丁寧版麻婆豆腐」1回分は何人分の安全な飲み水1リットルになるの?

そう考えてしまうんだけど、やっぱりそんなデータはない。国連は、人類が地球に負荷を与えすぎないように、地球上で社会生活を持続的に営み続けられるように、2030年までに国際社会みんなでこんなことに取り組みましょうね、という目標を17個かかげている。「持続可能な開発のための目標」(Sustainable Development Goals)の頭文字をとってSDGsと呼ばれるもの。目標に「水」と明記されているのは6番目「6.安全な水とトイレを世界中に」だけだけど、そのほかの貧困や海など水はいろんな問題にかかわっていて、言い換えれば、水の問題の解決を通して別の問題を解決できる可能性がある。だから、生活者としてやれることはやっていこうと思う。だから教えてほしい。

「丁寧麻婆豆腐」1回でSDGsのどの目標の達成にどれくらい近づけるのか?

SDGsを経営戦略に取り入れたりして、持続可能な開発に真摯に地道に取り組む大手企業も増えてきた。そうした取り組みを第三者として評価するCDPというNGOが海外にはあって、ランキングもされている。水に対するふるまいを評価するCDPウォーターという活動では、世界24社が「2016年よくがんばったで賞」のAリストに選ばれた。じゃあ、それらの企業の製品を積極的に買えばいいの?

ちなみにAリスト24社のうち日本企業は6社(ソニー、トヨタ自動車、花王、キリンホールディングス、サントリー食品、三菱電機)。

サントリーの南アルプス天然水を飲みながらソニーのスピーカーを載せたプリウスでドライブし、帰ってきたらキリンビールを飲んで、そのコップを三菱電機の食洗器と花王の洗剤で洗う。これが水からのSDGs的なライフスタイルなんだ! って、そう言われても、SDGsにどう貢献できたのかは、まったくもって実感できない。ていうか、CDPは組織名称だからしょうがないとして、そもそもSDGsって読み方すら分からない。(エスディージーズと読む)

水は生命に欠くことができない物質なのに、その問題はなぜか暮らしと結びついていない。だから、自分のこととして考えることができない。どんどん遠ざかる水と暮らし。。。その一方で水にまつわる社会課題は深刻さを増す。「みんなでがんばろう、考えよう」と呼びかけることはとても大切なことだけど、やっぱりそれだけでは続かなくて、生活者の行動と結果の論理的なつながりが欲しい。

今までこうした研究がなされていなかったのだろうか。とても不思議。研究が必要とされるほど水問題が深刻ではなかったのか、生活者の行動が必要とされていなかったのか。。。いずれにしても、今からスタートでいい。「丁寧麻婆豆腐」1回と生活排水処理インフラや水問題、SDGsとの関係性の科学的説明が必要だ。

奥田 早希子
一般社団法人Water-n代表理事、東洋大学PPP研究センターリサーチパートナー