【映画評】聖杯たちの騎士

ハリウッドで脚本家として成功したリックは、華やかで享楽的なセレブの暮らしを送りながらも、心の奥では常に虚しさを感じていた。そんな彼の脳裏に、かつて出会った6人の女性の記憶が蘇る。美しい彼女たちに導かれるように、リックは過去と対峙し、内面に抱えた孤独と向き合っていく…。

ハリウッドで成功した男の心の旅を静かなモノローグと流麗な映像で描く「聖杯たちの騎士」。タロットカートの“聖杯の騎士”にちなみ、物語は章立てで展開する。富と名声を得て享楽的な日々を過ごしながら、崩壊した家族や失った愛を思い、自分はどこで人生を間違ってしまったのか、本当に求めるものとは…と自問しながらさ迷う物語は、テレンス・マリック版の「甘い生活」のようだ。説明らしい説明はほとんどないが、まるで夢のような映像で描かれる抒情詩に、いつしか引きこまれる。ケイト・ブランシェット、ナタリー・ポートマンら、実力派女優が演じる6人の美女は、主人公リックを時に優しく包み、時に見放し、時に導く存在だ。だがリックの思いは満たされることはない。物質的な豊かさで満足できないのと同じように、一人の女性の愛では彼の心は決して満たされないのだ。日本庭園で不要なものは持たずシンプルな生き方を学んでも、教会で苦難は神が与えた愛だと諭されても、それは答えではない。聖杯のタロットカードが正位置と逆位置ではまったく意味が異なり無限の解釈が可能なのと同じように、リックが求める人生の真実もまた、明確な答えはなく、何かを求めてさ迷う心の旅こそが真実となるのだろう。大都会の喧噪、華やかなパーティ、荒々しい荒野、寄せては返す波と包み込むような海と空。撮影監督エマニュエル・ルベツキの、神業の境地に達したカメラワークに酔いしれる至福の映像体験だ。
【70点】
(原題「KNIGHT OF CUPS」)
(アメリカ/テレンス・マリック監督/クリスチャン・ベイル、ケイト・ブランシェット、ナタリー・ポートマン、他)
(映像美度:★★★★★)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2016年12月29日の記事を転載させていただきました(アイキャッチ画像は公式Facebookより引用)。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。