EUの「統合」の紐が解れ出した年

2016年もあと2日で終わり、17年の新年を迎える。そこで欧州の過去1年間の動きを早足で振り返ってみた。

▲欧州議会からの「クリスマスと新年の挨拶」(欧州議会の公式サイトから)

<イスラム過激テロ>
先ず、イスラム過激派テロ事件が多発した年だった。イスラム系移民が欧州で最も多いフランス、そしてベルギーでイスラム過激派テロ事件が頻繁に起き、フランス革命記念日の日(7月14日)、同国南部ニースの市中心部のプロムナード・デ・ザングレの遊歩道付近でチュニジア出身の31歳のテロリストがトラックで群衆に向かって暴走し、85人が犠牲となるという事件が発生した。その後、テロの波は欧州連合(EU)の盟主ドイツへ移動し、12月19日には12人の犠牲者が出たベルリンの「トラック乱入テロ事件」が起きたばかりだ。

<難民・移民の殺到>
イスラム過激派テロ事件の背景には2015年から続く北アフリカ・中東からの難民・移民の殺到がある。15年には100万人を超える難民・移民がドイツなど欧州に殺到し、その受け入れ体制でEU加盟国間で対立が表面化した。東欧のハンガリーやスロバキアはイスラム系の難民受け入れを拒否している。同時に、EUの難民政策の分裂を巧みに利用したプーチン露大統領の欧州分断工作が功を奏した年でもあった。

メルケル独首相は難民歓迎政策を実施してきたが、国内で難民によるテロ事件が勃発し、難民受け入れの規制を求める声が急増したため、それに応じざるを得なくなった。ただし、同首相は難民受け入れの最上限設置には依然抵抗を示している。

<英EU離脱決定>
EUにとって今年は歴史的な年となった。EUの主要加盟国の英国が6月23日、EUからの離脱か残留かを問う国民投票を実施し、離脱派が51・9%を獲得して勝利した。残留派で国民投票の実施を呼びかけたキャメロン首相は翌日、敗北を認め、引責辞任を早々と表明した。離脱決定後、英国は離脱決定をブリュッセルに通知するのを躊躇し、「われわれはEUに留まりたい」という声がロンドン都市部を中心に高まっていった。いずれにしても、EUの拡大を進めてきたブリュッセルにとって初めて加盟国の脱退となるだけに、大きな衝撃を受けた。ブリュッセルの官僚主義的な運営に批判の声が聞かれる。

英国のEU離脱決定は、欧州レベルではフランスのマリーヌ・ル・ペン党首が率いる「国民戦線」、オランダのヘルト・ウィルダース党首の「自由党」など、EU懐疑派の政党、EU離脱派の政党に影響を与えるのではないかと懸念されている。

<EUとトルコ>
EUとトルコの関係では、トルコで7月15日、軍の一部によるクーデターが発生後、エルドアン大統領の強権政治に対するEU内の批判の声が高まり、同国のEU加盟交渉は現時点で完全に停止状況だ。
EU側から見ると、2016年は拡大ではなく、縮小であり、統合ではなく、分裂の年となった。メルケル首相は加盟国間の結束を訴えているほどだ。

<トランプ当選>
11月の米大統領選でドナルド・トランプ氏が勝利したことを受け、欧州全土で極右政党、ポピュリズムの嵐が吹くのではないかと予想されている。オーストリアで12月4日に実施された大統領選のやり直し投票では、リベラル派の野党「緑の党」前党首のバン・デア・ベレン氏が極右政党の大統領候補者ノルベルト・ホーファー氏を破って当選。欧州の極右政党の躍進に一応ストップをかけたかたちだが、欧州では来年、大きな政治イベントが控えている。

<欧州の右派政党>
来年4、5月に実施予定の仏大統領選、9月には独連邦議会選が実施されるが、フランスでは「国民戦線」のマリーヌ・ル・ペン党首が大統領選に挑戦する。欧州初の極右政党大統領が実現するかどうか注目されている。一方、ドイツでは党結成以来、外国人排斥を標榜し躍進を続ける「ドイツのための選択肢」(AfD)の動向に関心が集まっている。

布の紐が一旦解れ出すと、それを修復するのは大変だが、独連邦議会選で4選を目指すメルケル首相が敗北するようなことがあれば、EUは統合のシンボルを失い、加盟国内の利益の対立が激化することも予想される。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年12月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。