少女像保護条例案の釜山の姉妹都市は、安倍首相のお膝元

新田 哲史

聯合ニュースより引用

“条約”より条例が優先する(?)韓国社会

日本政府による長嶺大使の一時帰国に激昂した韓国の世論のヒートアップは止まりそうにない。今度は、釜山市で道路法違反なのに日本総領事館前に設置されている慰安婦少女像に対し、法的お墨付きを与えようと、同市議会で保護条例案が出される動きが出てきた。

釜山の少女像、市議会に「保護条例案」提出へ(JNN

韓国・釜山(プサン)の日本総領事館前の少女像をめぐり日韓が対立している問題で、釜山市議会に像を保護するための条例案が出される見通しであることが分かりました。

釜山市議会の鄭明姫(チョン・ミョンヒ)議員は近く、日本総領事館前に置かれた慰安婦を象徴する少女像を管理・保護するための条例案を発議する意向を明らかにしました。

この市議会議員がどの程度の政治力を持っているのか、本当に条例が施行できるのかどうか、今後の報道や韓国政治の専門家の論評を待ちたいところだが、およそ冷静さを欠いているとしか言えない現在の韓国世論のムードからすれば、議会が通してしまわないか懸念を感じる。さすがに韓国政府内にも、まだ良識派はそれなりにいるはずなので、万が一、条例案が可決見通しになりそうなら、沈静化させようと水面下で動くだろうが、しかし、ここまで世論を抑え込めていない以上、難しいのではないだろうか。すでに日本のネット民には「“条約”より条例が優先する韓国」と笑われている。

あくまで仮にだが、保護条例が施行されてしまえば、日韓合意で韓国が約束した慰安婦像の撤去に向けた努力は事実上空文化し、ご破算となる。釜山市政の軽挙妄動で二国間の国際公約がなくなるというわけだ。

昨年2月、地元団体から差し入れのフグに舌鼓を打つ安倍首相(首相官邸サイトより)

条例成立なら釜山市と友好都市の下関市に見直し論浮上?

だからといって、日韓断交などという流れに行くわけにはいかないだろう。国家レベルは現実的ではなくても、「けじめ」として、釜山市に対してだけでも相応の外交ペナルティを課さねば、日本国内の世論は収まるまい。日本国内の姉妹都市・友好都市などがあれば、当然のことながら手切れを求める動きが出てくるだろう。

それで条例案のニュースが浮上してから、釜山広域市との友好都市を調べたところ、驚いたことに福岡市と並んで姉妹都市になっているのが、なんと安倍総理のお膝元である山口県下関市なのだ(ちなみに大阪市と横浜市が協定都市、北海道が友好交流自治体になっている)。

福岡市との付き合いは2007年から。韓国では、かつて姉妹都市は「一国一都市」という規制があり、それが撤廃されたことでの締結だった(出典:福岡市サイト)。一方、下関市との関係は、1976年からと随分古い。下関市のサイトによれば、1970年に両都市を結ぶフェリーが就航したことなどで、人的、経済的交流が増えた経緯から提携となり、相互訪問や職員の相互派遣などの交流がされてきたという。

万が一、釜山市で少女像保護条例が施行されてしまった場合、安倍首相の支持者を始め、日本国内の保守的な人たちは、下関市が釜山と“断交”するように主張する可能性もある。もちろん、そうした人たちは「安倍総理の政治力をもってすれば、お膝元の自治体に働きかけるぐらい難しくない」と想像するに難くない。

事態を複雑にしかねないお膝元の政治的対立

ところが、ややこしいのが、下関のローカル政治事情だ。

中尾友昭・下関市長(下関市サイトより引用)

現在の下関市長・中尾友昭氏は、安倍首相の“政敵”だ。この背景には、同じ下関を地盤とする林芳正・参議院議員の勢力と、安倍首相の勢力による親子二代・中選挙区時代からの主導権争いがあるとされる(参考・産経新聞)。

3選を目指す中尾市長は“林派”。県議を辞めて挑んだ2005年の市長選では、“安倍派” の現職市長と激突した末に惜敗。税理士業務などの浪人を経て、2009年の市長選でリベンジを期し、今度は“安倍派”の元県議を破って初当選。13年も“安倍派”の元市議を破り、この3月に予定される次の選挙も、安倍首相の元秘書とのガチンコ対決と予想されている。いわば、ここ10年ほどの下関市長選は「安倍VS林の代理戦争」とまで言われている状態なのだ。

あくまでワーストシナリオの想定に過ぎないが、釜山で条例が成立して姉妹都市見直し論が浮上した場合、安倍首相はどのような反応を示すだろうか。拙著「蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた?」(ワニブックス)でも触れたが、秋の臨時国会の時の答弁で蓮舫氏の二重国籍問題をむやみに責めなかった「余裕」があったことを考えれば、下関市のことを国会質問や記者会見で問われたとしても「どこの国の都市と付き合うかも含め、自治体のことは自治体に任せる」などと“大人の対応”をみせるかもしれない。

しかし、首相の支持層の中でもかなり保守的な人たちから、下関−釜山断交論が浮上してしまわないか。情勢によって、安倍首相が姉妹都市提携を見直すように働きかけたくなったとしても、相手は“政敵”の中尾市長だから一筋縄ではいかない可能性もある。

どちらにせよ、釜山市で条例が成立するようであれば、下関市長選で友好都市締結見直しも争点に浮上する恐れがないとは言えない。もちろん、現状では、「仮想」に過ぎない。しかし、釜山の今後の対応いかんで、日本国内の政治情勢にローカルレベルを含め、思わぬ波紋を広げる可能性をシミュレーションする意義はあろう。

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民進党代表選で勝ったものの、党内に禍根を残した蓮舫氏。都知事選で見事な世論マーケティングを駆使した小池氏。「初の女性首相候補」と言われた2人の政治家のケーススタディを起点に、ネット世論がリアルの社会に与えた影響を論じ、ネット選挙とネットメディアの現場視点から、政治と世論、メディアを取り巻く現場と課題について書きおろした。アゴラで好評だった都知事選の歴史を振り返った連載の加筆、増補版も収録した。

アゴラ読者の皆さまが昨今の「政治とメディア」を振り返る参考書になれば幸いです。

2017年1月吉日 新田哲史 拝