ニコンとキタムラでは何が起きているのか --- 牧野 雄一郎

アゴラ

カメラ市場にいま起きている問題とは?(GATAGより:編集部)

先週、カメラ愛好家には2つの気になるニュースが流れた。
「ニコン、デジタルカメラの新製品DLシリーズを発売中止」
「キタムラ、129店舗を閉鎖」

プレミアムコンパクトデジタルカメラ「DLシリーズ」発売中止のお知らせ(ニコン新着情報)
事業構造改革の実施に関するお知らせ(キタムラIRニュース)

ニコンは2013年からの収益悪化により構造改革を進行中である。昨年末は1000人に及ぶ早期退職者募集を実施した。2月13日のIR発表で今期の減益予想をリリースし、一方のキタムラも同じ日に今期の赤字転落と129店舗の閉鎖を発表した。カメラ業界のハードウェア大手企業と、販売・プリントの大手企業が同日に業績悪化を発表したのである。

ニコンは収益悪化のニュースに加えて今回フラッグシップのデジタルカメラ新製品である「DLシリーズ」を発売予定日目前で中止した。発売中止に至った背景については開発の遅れや販売数量の下落と述べられているだけなので余計な憶測であるが、カメラ市場に大きな地殻変動が起きていることは間違い無い。

2017年1月はiPhoneが発売されてからちょうど10年の歳月となった。2008年頃にピークを迎えた世界のコンパクトデジタルカメラの販売台数は年間約1億台をピークに直近では約2000万台を割り込む水準まで減っている。各社とも趣向を凝らした製品を開発してはいるが市場を回復させるだけの爆発力はもはや期待できない。

CIPA(カメラ映像機器工業界資料より抜粋)

デジタルカメラはいわゆる「一眼レフ」と呼ばれる「レンズ交換式」と、「コンパクト型」とよばれる「レンズ一体型」の二つに分けられる。iPhoneなどのスマートフォンに代替されたのは主に低価格のコンパクト型であり、嗜好性の高い高級コンパクトデジカメは一定の市場を形成して数量の下落幅は比較的ゆるやかだった。どのメーカーもコンパクト型にAPS-Cサイズの大型センサを搭載するなどして、高画質化と品位のアップを競っていた。ニコンが発売予定であったDLシリーズも、大型高感度センサに加えて、4K動画撮影機能や高感度撮影などを盛り込み焦点距離を3タイプ持たせるなど満を持しての発売となるはずであった。

DLシリーズの発売予定時期は明確で無かったものの、通常は春モデルと呼ばれる製品を1月のCP+というカメラ展示会(今年は2月末開催)で発表し、3〜4月にかけて発売するのがこの業界のルールである。つまり「2月上旬の発売中止」は「なぜ今さら?」との声がファンからも上がっていた。

通常デジタルカメラの新製品開発は数十億円の投資が掛かる。概ね半分は開発投資(人件費や試作費)であり、半分は金型代だ。生産準備も終盤となっているこの時点で発売を中止したとしてもおそらく投資費用の90%以上は回収不可能である。サンクコストと考えれば販売を貫いた方がキャッシュフローは多いように見えるがニコンの判断はおそらく以下のようなものであろう。

(1)中古市場による新製品価格の下落

カメラ市場はかつて高級品であったことから古くから「中古市場」が形成されている。今回大量閉店を決めたキタムラも中古商品の売買に積極的な販売店だ。また、カメラマニアの間では高級機種を次々と買うユーザーがいる。彼らは短期間で新製品の性能を試し満足いかなければ中古に下取りを繰り返す。通称「ドナドナ」である。

中古品は市場の需給で価格が決まるから売る人が多ければ早く値段が下がる。ヨドバシなどの新品を扱う量販店は中古品との価格差が大きければ新品が売れなくなるのでメーカーに値下げするよう圧力を掛ける。仮にDLシリーズに充分な魅力がなく大量に中古市場に流れれば新品価格も値崩れする。フラッグシップが値崩れすればブランドイメージは大きく毀損する。ニコンとしてはそれは他製品にも影響のあることであり受け入れられない。だから発売を取りやめたのだろう。

(2)予定販売数量の大幅な減少

また通常、新モデルは事前に販売店に内覧会を行うのでその反応を見て出荷台数(≒生産台数)を調整する。DLシリーズは高級機種にかかわらず3タイプのモデルをラインアップしていた。モデルが増えれば通常よりも販売リソースは分散するため、よもや「初回生産ロットすら売りさばけない」という可能性が高まったのだろう。

生産ロットは製造コストを決める大きな要因である。当初の計画よりあまりに少ない生産数の場合、部品メーカーから大幅なコストアップを要求され、当初予定量の買い取りを求められることもある。部品コストが大幅にアップすると粗利がマイナスになる「ダイレクト赤字」ということに陥ることもある。加えてソニーのBSI(裏面照射)CMOSセンサを使うので、熊本地震の影響から需給が逼迫していた背景も部品調達に追い打ちを掛けたかもしれない。

他方カメラ販売店のキタムラはキヤノンやニコンなどのカメラメーカーと手を携えて事業を伸ばしてきた。カメラの販売はマニアに向けた高度な技術説明やアフターサポートが求められるため、他の家電分野に比べて専門店の優位性は高い。このような優位性を活かし、カメラ販売、写真プリントを主体に事業を伸ばしてきた。一応キタムラのニュースリリースにおける大量閉店の理由はこの10年で手がけてきた携帯電話販売事業が総務省のいわゆる「ゼロ円販売規制」の影響で収益が悪化した旨である。

しかしこの2社の不振の根本的な理由はキタムラのIRニュースにも書いてある以下の文言だ。

お客様に「写真の新たな楽しみ方」を提案することが、結果的に弱くなっていました。

この文言はこの2社のみならず、カメラ業界に共通することである。

カメラ業界は古くからから「高画質、高速連写」にばかりこだわっていた。「最高の一枚」をプリントし、「家族でアルバムに保存して楽しむ」という既成概念を長らく破ることができていない。いかに「感動の一枚」を撮るかをメーカーは考えているが、他方ユーザーはというと今や旅行に行けば500枚を優に超える写真を撮影し、全てネットアルバムに保存してリンクURLをメッセージサービスで送るだけと、大きく変化している。撮影も印刷も全て変わっているのに「その500枚をどう整理し思い出のストーリーにするのか」ということをメーカーは一切考えていないのだ。その証拠にカメラメーカーのCMは殆どが「最高の一枚」を表現している。

世の中のハードウェアはより水平分業で差別化が難しくなっておりサービスに移行するのが必然だ。サービスの多くはソフトウェアで組まれるので、ハード時代の成功体験に縛られたカメラメーカーの体制ではその発想を転換することはできない。ユーザーの体験に基づいたサービスを垂直統合で考えなければいけない時代に光学倍率や画素数は全く意味をなさないのだ。これはキタムラも同じで、かつてDPEと呼ばれていた写真現像という歴史に縛られ、いまでも印刷を中心としたサービスを土台に置いている。

ハードはiPhone、Androidを中心としたスマートフォンに吸収され、ソフトはネットサービスであるGoogle、Facebook、Amazonなどに吸収されていく。いつまでも同じ業界内の横並び競争でソフトウェア・サービス・ユーザー体験価値の発想を持たない商売を続けていけば長年世界のカメラ市場を席巻していた業界プレイヤーが日本から消滅してしまうのも時間の問題だ。

牧野 雄一郎
原価管理コンサルタント 中小企業診断士 事業再生アドバイザー
アゴラ出版道場一期生

大手精密機器メーカーにて原価管理、調達部門を通じて、コストダウンと事業構造改革に従事。独立後は中小企業の原価管理、事業再生のコンサルタントを行っている。

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