なぜ、日本が条約締結に至っていないのか。国会の承認は2003年に既に得ている。ところが、締結に必要な国内法がまだ成立していない。つまり、国際組織犯罪防止条約の締結のために、「共謀罪」が必要だと政府は主張しているのだ。
この「共謀罪」は、組織犯罪の計画段階から処罰を可能としている。小泉純一郎政権のもとで、03年と04年、そして05年と、関連法案が3度も国会に提出された。だが、野党や世論からの批判を浴び、いずれも廃案になっている。なぜなら、この法案が危険だからだ。
とくに「計画段階から」罪になるという点に批判が集中している。これは、つまり「相談した」だけでもダメだということだ。では、どうやってその「相談」を察知するか。電話やメールの「傍受」が前提となる。ここが、多くの人が非常に危うい法律だと感じているところだ。
いま自民党は、この「共謀罪」を、「テロ等準備罪」と名づけて要件を厳しくし、成立を目指している。対して民進党は、猛反発している。新たな法律を設けなくても、現行法を整備するだけで犯罪は防止できる、それで、条約批准は可能だと主張している。
非常に慎重にならねばならない法整備だ、と僕も強く感じている。だが、この法案なしで、テロは防げるのか。テロを防ぐにはどうすべきなのか。
電話やメールの傍受は、アメリカやイギリスでは普通に行われている。アメリカやイギリスでは、「大勢の人を犠牲にするテロを防ぐためなら、プライバシーの侵害はある程度仕方ない」というコンセンサスがある。一方、日本では、捜索令状があってはじめて可能になる。日本ではまだまだ、「プライバシーのほうが大切」だという意見が多いのだ。欧米に比べて、大規模なテロへの危機感が少ないという背景もあるのだろう。
だが、この法案が国民に受け入れられないのは、政府の説明不足もその一因になっているのではないか、と僕は思っている。さらに、小泉政権でイメージの悪くなった「共謀罪」という名称を「テロ等準備罪」とした。そして「東京オリンピック開催のため」という、錦の御旗を持ち出した。あの手この手を使ってごまかしている、と僕は感じるのだ。
世界のテロのリスクは、どれくらいまで高まっているのか。そして、それを防ぐためには、ある程度、プライバシーの侵害を承知してほしい――。いま、政府に必要なことは、こうした「本当のところ」を率直に述べることだ。だが、政府は理解を得る努力を十分にしているのだろうか。
政府のこの姿勢は、原発の問題にも共通している、と僕は思っている。かつて原発を、「夢の新エネルギー」「安全でクリーン」だとして、そのリスクを十分に説明してこなかった。だから、万が一のときの避難訓練ができなかった。事故の危険がまったくないのだから、それに対処する必要もないという理屈からだ。そんな議論すらタブーだったのだ。その結果が福島第一原発の事故だ。
きれいごとを言うだけではなく、「犯罪を防ぎ、国民の安全を守るためには、ある程度の迷惑を承知してほしい」と、政府は正直に説明すべきだ。政治に「タブー」は不要なのだ。
編集部より:このブログは「田原総一朗 公式ブログ」2017年2月27日の記事を転載させていただきました。転載を快諾いただいた田原氏、田原事務所に心より感謝いたします。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「田原総一朗 公式ブログ」をご覧ください。