3月1日の朝、日経が掲題記事を掲載している。FTが昨日 ”Surging exports propel US to bigger impact on global oil market” と題して報じた記事の翻訳要約版だ。
読者の中には、岩瀬はなぜこの記事を報告しなかったのか、と疑問に思う方もおられるかも知れない。理由は簡単だ。さほどの重要性を認識しなかったからだ。
この記事の持つ真の意味は、下記する最後の段落に集約されている、と筆者は判断している。
「だが、大規模な石油輸入国としての米国の地位が示唆するのは、輸出の流れは状況次第だということだ。『原油価格は輸出する機会を切り開いたが、水門を開け放ったわけではない』。米モーニングスターのサンディ・フィールデン氏はこう言う。『単に、貿易業者がうまく利用したチャンスにすぎない』」
そう「状況次第」なのだ。
若干、解説しておこう。
米国の原油輸出に関する「40年来の制約」は、シェールオイル業者の要求により解除された。つまり、100ドル時代に急増したシェールオイルは、きわめて軽質な原油で、天然ガスとともに生産されるコンデンセートに類似した品質を持つ。だから用途が限られており、米国内では「不当に安い評価」しか受けられない、国際市場で正当な評価を受ける権利がある、と要求して実現した経緯がある。
かつてイランが、沖合に20隻以上のVLCC(20万トン級)に原油を貯蔵している、と伝えられたことがあるが、ほとんどが売れにくいコンデンセートだった。
したがって2015年末の「輸出解禁」後も目立った輸出量の増加は見られなかったのだ。
日経記事にはないがFT原文には、原油輸出量推移のグラフがついている。
輸出解禁前は約50万BDだった。これはNAFTA締結国のカナダ向けが輸出禁止免除だったからだ。カナダからは300万BD以上の原油を輸入しているが、同時に50万BDほどの輸出も行っている。経済原則に則ったものである。
輸出解禁後もせいぜい20万BD増の70万BD前後で推移していたのだが、今年に入って100万BDを超えている。
シェールオイルの新たな市場ができたとは考えられないので、増加分はメキシコ湾産の重質原油だろう。
この現象が根本的な変化なのか、あるいは一時的な現象なのか? それが問題だ。
筆者は「一時的な現象」と判断する。
理由は次のとおりだ。
FT記事にあるように、メキシコ湾産重質原油の価格が下がっている、また、アジア向けVLCCの傭船料が極端に安くなっている、という一時的な特殊事情が背景にあるからだ。
前者は、同様の品質であるサウジ、イラク原油が大量に輸入されており、同時に製油所の定期点検が行われていて需要量が減少していたためだ。
後者は、受け入れ可能な港湾設備がないので通常なら寄航することのないVLCCが、背取り(沖合のVLCCから小型タンカーで原油を引き取ること)前提でも経済性が成り立つ、として、減産前に駆け込み生産し、安値販売をした中東原油を運んできており、帰りの荷物がないので安い傭船料でも手当が可能だ、という事情があるためである。
また、米パイオニア・ナチュラル・リソーシズのティモシー・ダブCEOの「世界的な供給の観点に立つと、我々は重大なスイング・プロデユーサー(調整生産者)になる」という発言だが、字義とおりに受け取ると大きな誤解をすることになる。
たとえば、サウジアラビアがスイング・プロデユーサーだ、という場合には、サウジ政府の政治判断で生産量を増減する決定ができるが、アメリカの場合は政府が介入することはない。企業経営者の判断に委ねられている。また、ティモシー・ダブが一人ですべてのシェールオイル生産者の意思決定をすることができるわけではない。
シェールオイル生産者がスイング・プロデユーサーになるのは、いわば「見えざる神の手」の仕業なのだ。
編集部より:この記事は「岩瀬昇のエネルギーブログ」2017年3月1日のブログより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はこちらをご覧ください。