マルクスを転倒する新しい歴史観:『暴力と社会秩序』

池田 信夫
ダグラス・C・ノース
ジョン・J・ウォリス
バリー・R・ワインガスト
エヌティティ出版
★★★★★


マルクスの「経済的な土台が法的・政治的な上部構造を規定する」というテーゼは今も社会科学の基礎だが、本書はそれを転倒しようという壮大な試みだ。この新しい社会理論によれば、マルクスとは逆に暴力装置としての国家が社会秩序のコアであり、経済システムはその上に築かれている。

歴史の大部分の時間、人類は小集団で狩猟・採集を行ない、他の集団を襲撃して食糧を奪う戦いを続けてきた。数万年にわたって一人あたり所得がほとんど変化しなかったのは、豊かになった集団が他の集団に収奪される戦いを繰り返してきたからだ。

1万年ほど前、農耕社会の成立にともなって、このような戦闘状態から自然国家への移行が始まった。これは「暴力のスペシャリスト」としての支配階級が他の国家との戦闘を担当し、こうした暴力装置へのアクセスを独占することによって国内秩序を維持するメカニズムである。

これに対して、近代的なオープンアクセス秩序では、法の支配にもとづいて非人格的な組織によって国家が維持される。自然国家からオープンアクセスに移行するための「ドアステップ条件」は次の3つである:

  1. エリートの中での法の支配
  2. 私的または公的な永続的組織
  3. 軍事力についての統一された政治的支配

このうち、欧州で近代国家が生まれた要因は3である。17世紀に始まった軍事革命で、戦闘の中心が歩兵から大砲などの兵器に移り、大規模な基地を構築する経済力が必要になった。Tillyは、この時期の欧州の建国の過程を「組織犯罪」と呼び、多くの組織暴力の中から軍事力と経済力の卓越した王朝が一定の領土を支配するに至ったと考えている。

中世末期から300年ぐらい殺し合いを続けた欧州では、兵力の維持や大軍の遠征に必要な費用を調達できる経済力が、戦争に勝ち残る上で決定的に重要になった。このため財産権によって(征服で得た)土地や財産を守る制度が発達し、戦争や長距離貿易のために資金を調達するシステムが生まれた。株式会社がなければ、オランダやイギリスの植民地支配は不可能だった。

他方、中国ではこのようなオープンアクセスに移行する代わりに、自然国家を極大化し、皇帝以外の人々を武装解除することによって秩序が保たれた。このほうが平和を保つという点ではすぐれていたが、国内の競争が抑制され、財産権が保護されないため、経済は停滞した。

マルクスの「唯物史観」が20世紀の社会科学の方向を(新古典派経済学も含めて)示したように、本書は21世紀の社会科学の方向を示している。マルクスの理論がその後の歴史叙述のベンチマークとなったように、本書も21世紀の古典となろう。