【映画評】ハクソー・リッジ

渡 まち子

ヴァージニア州の田舎町で育ったデズモンド・ドスは、幼少期の苦い体験から「汝、殺すなかれ」の教えを守ると固く心に誓っていた。やがて第二次世界大戦が激化すると、デズモンドは、衛生兵ならば自分も国に尽くせるとして、恋人ドロシーや父親の反対を押し切って陸軍に志願する。1945年、沖縄に到着するが、ハクソー・リッジと呼ばれる激戦地での過酷な闘いにさらされる…。

武器を持たずに人命救助に徹した実在のアメリカ兵、デズモンド・ドスの困難な戦いを描く人間ドラマ「ハクソー・リッジ」。ハクソーはのこぎり、リッジは崖の意味で、沖縄の激戦地の前田高地を指す。衛生兵のデズモンドは、地獄のような戦場で、包帯とモルヒネだけを手に断崖付近を駆け回り、たった一人で75名もの命を救った男だ。彼がこの奇跡のような行動に至るまでのドラマが非常に丁寧で説得力がある。幼少期の両親の不仲、第一次世界大戦の惨状を見た父親の心の傷、初々しい恋などで、デズモンドの人柄を手際よく描いていく。

新兵訓練キャンプでは、武器を持たないことを、静かに、でもきっぱりと主張したため、上官や兵士たちの執拗ないじめに遭うが、それでもデズモンドの信念は揺るがない。ここまでの演出が的確でエモーショナルなため、いざ戦場に放り出されたときには、誰もがデズモンドの目線で戦争の現実をみつめられるようになっている。それにしても接近戦の戦闘描写の、なんと壮絶なことか。手足が吹き飛び、頭を打ちぬかれ、爆風と砂塵で息もできない臨場感。肉片と血しぶきが舞う地獄絵図は、監督メル・ギブソンの本領発揮といったところだ。戦闘シーンが生々しく残虐だからこそ、デズモンドが、このような場でも「殺さずに、救いたい」との信念を貫いた並外れた強さが際立つのだ。

彼の勇気ある行動は、信仰心のためというのが本作のスタンスだが、仲間たちは、どんな困難に遭遇しても決して自らの信念を曲げないデズモンドの姿に、信仰以前の、人としての強さを見たに違いない。ただ、この舞台が日本であること、今、日本もアメリカも先行きが見えない岐路に立っていることを思うと、複雑な思いを禁じ得ない。デズモンドの立ち位置は、軍隊用語でいう良心的兵役拒否だが、自らを良心的協力者と呼んでいたそう。繊細さと大胆さを兼ね備えた男を、アンドリュー・ガーフィールドが真摯に演じて好演だ。近年、お騒がせのゴシップばかりが目立ったメル・ギブソンだったが、監督として「ブレイブハート」以来の秀作に仕上げて鮮やかな復活劇となった。圧倒的な暴力の中に、確かに存在した奇跡のような実話は、今までにないタイプの戦争映画に仕上がっている。
【80点】
(原題「HACKSAW RIDGE」)
(豪・米/メル・ギブソン監督/アンドリュー・ガーフィールド、サム・ワーシントン、テリーサ・パーマー、他)
(信念度:★★★★★)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2017年6月24日の記事を転載させていただきました(アイキャッチ画像は公式Facebookページから)。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。