トルコの欧州連合(EU)への加盟の可能性は遠のき、トルコはユーラシア経済連合への加盟に傾いているという。
トルコがユーラシアに経済圏を確立するようになれば、トルコがNATOから離脱し、将来的には上海協力機構に加盟する可能性が生まれる。それはヨーロッパからユーラシアに及ぶ地政学的な大変化をもたらすことになる。特に、地中海に繋がる黒海と多量の原油が埋蔵するカスピ海での影響力をロシアが取り戻すことにもなる。
一つ明確なことは、EU加盟国の間ではイスラムのトルコの加盟は根本的に望まないということなのである。しかし、トルコがロシアをリーダーとするユーラシア圏ではなく、EU圏に加盟を希望するというのは自国の経済の発展を図るにはEUに加盟している方がより発展性があると見ているからである。一方のEUにとっては、経済面というよりも地政学的にトルコは重要なポジションにあるということに魅力を感じている。
しかし、トルコのEUへの加盟の道のりは遠く、東欧諸国の方がトルコよりもEU加盟申請が遅いにも拘らず、より先にEUに加盟したという事実もある。
4月のトルコで実施された国民投票で民主政治の基本である三権分立の独立を無視するエルドアン大統領の独裁体制が確立されることが決まった。また、多くのジャーナリストや判事が収監されて言論の自由と人権尊重が束縛された儘であるという事実はEUに加盟できる基本的な条件をトルコは放棄したことになる。
その様な事情にある現在のトルコを前に、EU議会ではトルコのEU加盟への交渉は一時的に中断させるべきだという意見がEU議員の間から生まれているという。欧州拡大交渉担当のヨハンネス・ハーンもトルコがEUの民主政治を重んじる観点から遠ざかっていることを指摘した。(参照:europarl.europa.eu)
一方のエルドアン大統領はEUが新たな交渉の場を用意しないのであれば、EU加盟にgoodbyを告げるということを表明した。(参照:hispantv.com)
そして、トルコがあらためて視線を向けているのがユーラシア経済連合への加盟である。この経済連合は2014年に発足し、現在の加盟国はロシア、ベラルーシ、カザフスタン、アルメニアである。
この経済連合が重要性を持つのは中国のシルクロード経済圏との連携を謳っている点である。そして、それを更に延長させて、軍事防衛の役目も担っている上海協力機構も含めて、大ユーラシア・パートナーシップの構築を提唱しているのである。
トルコのユーラシア経済連合への加盟と同時に、アゼルバイジャンも一緒に加盟することが噂されている。アゼルバイジャンが加盟すれば、アルメニアとナゴルノ・カラバフ紛争の解決が必要とされている。プーチン大統領はアゼルバイジャンの加盟はこの経済連合の発足時から望んでいた国でもある。
トルコとアゼルバイジャンがユーラシア経済連合に加盟すれば、ロシアはカスピ海と黒海そして南コーカサス地方を勢力圏に収めることが出来るようになる。
黒海はトルコにある二つの海峡ボスポラスとダーダネルスを通過すると地中海に出ることが出来る。トルコがNATOに加盟している現在、この二つの海峡を封鎖すれば黒海から地中海に出ることができなくなり、黒海は地政学的な重要性を失うことになる。特に、クリミア半島に軍港を持っているロシアにとって黒海が封鎖されることは海上での戦闘能力が半減することになる。現在トルコが加盟しているNATOがそのカギを握っているのである。
しかし、トルコがユーラシア経済連合に加盟すれば、必然的にNATOに加盟し続けることが出来なくなり、その代わりに上海協力機構に加盟することが容易に考えられる。そうなると、NATOの東欧及び南コーカサス地方における勢力は完全に後退することになる。
トルコがNATOから上海機構への転換が想像だけに終わるのではないということを示すかのように、トルコは現在ロシアからミサイルシステムS-400を購入する為の交渉を進めているのである。NATOの加盟国でありながら、NATOの敵と見做されているロシアの兵器の購入を検討するというのは受け入れ難いことである。
しかし、トルコはNATO加盟国にその理解を求めている。ギリシャがロシアから武器を購入しているという前例を作っているので、NATOの反対はないであろう。一旦それを購入して設置すれば、トルコはNATO加盟国の協力を得ることなく単独で自国の防空圏の安全を確保できるようになるとも言われている。その為に、ロシアは購入の為の融資をトルコに提供する用意があるとしている。
トルコはNATOに1952年に加盟した。NATOにとって、トルコはソ連圏の社会主義からの侵略の防波堤としての役目を果してもらう為に加えたのが理由であった。また、トルコにとっても、ロシアとは歴史的に数度の戦争を繰り返している。NATOに加盟することによって自国の防衛を確実なものにできると判断した。
しかし、現在の世界情勢は当時とは異なっており、トルコはNATOへの加盟と引き換えに、EUへの加盟も容易になると考えていた。だが、現在までEUへの加盟はさせてもらえず、一昨年11月にトルコがロシアの戦闘機を撃墜した時も、NATOは儀礼的にトルコに味方すると言っただけで、ロシアから攻撃されたらNATOはトルコと一緒になって防衛するという態度は見せなかった。このNATOの姿勢に、エルドアン大統領は相当に失望したそうだ。そして、その後のクーデター未遂にもNATOが関与していたという噂もあった。そのような事態を経験したエルドアン大統領にとって、EU加盟への関心は次第に薄れているのである。
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白石 和幸(しらいし かずゆき)
貿易コンサルタント
1951年生まれ、広島市出身。スペイン・バレンシア在住40年。商社設立を経て貿易コンサルタントに転身。国際政治外交研究や在バルセロナ日本国総領事館のバレンシアでの業務サポートも手掛ける。著書に『1万キロ離れて観た日本』(文芸社)