プロ野球の監督人事報道とメディアリテラシー

新田 哲史

今季限りでの退任意向を発表したロッテの伊東監督(Wikipediaより)

先日、プロ野球ロッテの伊東勤監督が、最下位に低迷している責任を取り、今季限りでの辞任する意向を表明した。複数のスポーツはこちらも今季で現役を引退する井口資仁選手が後任として最有力と報じているが、実はスポーツ紙によるプロ野球の監督人事報道は、先の内閣改造前に「岸田外相留任へ」などと報じた朝日新聞の政局報道(岸田氏は結局、政調会長に就任)と似たようなもので信ぴょう性が微妙だ。きのうの記事で指摘したメディアリテラシーを学ぶ上でのケーススタディに使えるので、少々触れておこう。

「誤報」に端を発していた伊東監督の辞任

そもそも、今回の監督問題では、伊東監督の去就からして誤報に端を発している。報道陣に対し、辞意を表明したのは13日の西武戦の試合前。ところがその前日、スポーツ報知はご丁寧に借金の数を見出しに入れてまで「続投」の方向性だと報じていた。

【ロッテ】伊東監督続投へ 借金33最下位でも5年で3度Aクラスの実績評価 : スポーツ報知

記事をよく読むと、

「最終決断は9月に重光オーナー代行が下す見通し」

「伊東政権が6年目に突入する公算が大きくなってきた」

などと最終決定ではない旨をさりげなく盛り込んでいるが、報知の担当記者はこれまでの取材の積み重ねで確信を深めていたのは間違いない。しかし、結果的にこの報道の翌日に監督本人は辞意を表明した。サンケイスポーツが後日「裏事情」を解説している

発端は12日に一部メディアでなされた続投報道。「間違ったことが伝わっている。迷惑を掛けたくない」とし、本意を率直に報道陣に明かした。球宴前に辞任を決断、今月5日に球団幹部に辞意を伝えて了承されていたが、シーズン終了まで公にするつもりはなかったという。しかし、今後の戦いにおいて「続投」がひとり歩きするのは許せなかったようだ。

サンスポの解説が事実だとすれば、7月の上旬ごろには球団首脳部で内々に辞任の流れが決まっていたことになる。であれば報知の記者は情報源から「ガセ」情報をつかまされた可能性もある。

なぜ誤報が生まれたのか推測してみる

報道分析をするとき、必須なのは、その記者に情報を提供したソースはどの辺からで、そして「部外秘」にあたるような人事情報を記者にわざわざリークする意図がどこにあるのか、しっかり読むことにある。報知の記事を読むと、第2段落で球団幹部の評価コメントが載っており、この人物がネタ元なのだろう。では、なぜ誤報が生まれたのか。

常識的に考えてチームの顔である監督の辞意はトップシークレットであるわけだから、

①報知のネタ元の「幹部」は監督人事の最終決定状況を知るレベルの地位ではない

②「幹部」は首脳級の地位であったして、報知の記者に状況をリークしたが、それは伊東監督が球団首脳の了承を取り付ける前の段階で報知は溜め込んでいた「古い情報」を元に書いてしまった

③伊東監督をリスペクトする幹部が存在してなんとか続投に翻意してもらおうと、世論の「流れ」を作ろうとした

—-などの可能性が考えられる。現在の球団内部の裏事情について他の報道やネット情報、あるいは関係者の情報を入手できれば、こうした仮説シナリオと付き合わせてみると面白いことが見えてくるだろう。

組閣ニュースの誤報と共通する取材構造

どちらにせよ、決定的なのは報知の記者が伊東監督サイドの意向の裏を取りきれなかったことだ。この手の人事情報で「生煮え」段階のものはどんな取材分野でも、当事者の口は非常に重くニュースソースが限られてしまい、裏を取りたくても取りきれないことも多い。いわば人事ニュースは時期が早いほど「水物」なのだ。そして誤報のリスクを承知で運を天に任せ、特ダネで勝負する記者もいるにはいる。

どこまで複数の情報を付き合わせ、同じネタを狙う他社の動向も含めて、我慢できるか塩梅が難しいのだが、報知の記者は「賭け」に敗れてしまったのだろう。記者の裏取りが甘いといえば甘いのだが、1点だけ擁護するなら、当局の発表をいち早く抜くだけの特報は、結局、当局側の情報に依拠しがちという記者クラブ型取材システムの構造も大きな背景にある。これはプロ野球に関わらず、冒頭で先述したように政治ニュースの組閣人事などでもしばしば誤報は起きる。

私のオンラインサロン「ニュース裏読みラボ」では、こんな感じで報道の読み解きもして皆さんと議論をしていこうと思うのだが、誤報の過去の傾向も知ることは重要だ。この球団は、過去にも監督人事の報道を巡って激しい「情報戦」が繰り広げられたこともある(メルマガとかだと、その詳細が有料コンテンツになるんでしょうね……苦笑)。

指導者経験なしの井口選手が後任でいいのか?

引退の記者会見をする井口選手(ロッテ球団サイトより引用)

それはともかく、気になる後任人事で井口選手の名前が早くも上がっているが、周知の通り、井口選手はプレイヤーとして現役なので専任での指導者経験はない。百戦錬磨の伊東監督ですら立て直しが容易ではなかった現在のマリーンズの指揮を任せ、もし結果がでなくて数年で更迭というのであれば、あまりにも無謀だし、井口選手に非常に失礼に当たるのではないだろうか。

井口選手はメジャーでの経験も含め、人気、見識、人柄とも申し分がない。たしかに、侍ジャパンを率いた小久保裕紀前監督や、巨人の高橋由伸監督のように指導者経験なしに監督就任という知名度ありきの監督登用という日本球界の悪習が近年また顕在化しているが、このままロッテも目先の人気対策に走ってしまうのだろうか。

野村克也さんが「いまの球界は積極的に監督の育成をしていない」と苦言を呈するような本質的な問題を提起し続けることも、メディアの本来の役割であるべきだろうが、実際はそういうことが許されないのが、発表報道の誤報リスクを内包する現在の取材システムの欠陥である。もっとも目の肥えた野球ファンは「素晴らしい指導者を輩出して球界を発展させるよりも目先の特ダネ」が重要になっているいまのメディアの体質に気づいてはいる。

「何をすべきか」より「誰がなるのか」の報道はいつまで続く?

野球の監督人事を間違えても日本社会に実害はほとんどないが、しかし、組閣人事や日銀総裁などの人事情報でミスると影響は小さくない。記者たちに「何をすべきか」より「誰がなるのか」という取材ばかりに東奔西走させる構造は、平成の終わりを迎えつつある2017年も変わる兆しは見えない。だからこそ、野球ファンはスポーツメディアに、有権者は政治報道に変わるように求めるにはメディアリテラシーの向上は必要となる。

なお、新刊『朝日新聞がなくなる日〜“反権力ごっこ”とフェイクニュース ”』では、朝日新聞を含む新聞社の昭和的構造の悪弊についても宇佐美典也さんと語り尽くした。朝日新聞を単にdisるだけでは本質的な問題解決にはならず、現場視点でさまざまな改善のための提言もしたつもりだ。