2018年4月にEUからの離脱が決まっている英国に纏わる不安は尽きることがない。その要である政治においても、先の総選挙で過半数の議席を失った保守党のメイ首相の任期は今年末まで続かないという噂もある。
そのメイ首相が昨年10月に、英国日産がBrexitへの不安からヨーロッパ大陸へ生産拠点を移したいという意向に対し、英国政府が日産の残留を支援することを約束した。その内容が如何なるものであるかというのは今も公にされてはいない。しかし、英国日産はメイ首相の公約をもとに英国での残留を決め、同社の2車種「キャシュカイ」と「エクストレイル」の生産をサンダーランド工場で行うことを決定。その為の投資をすると発表した。
しかし、その後も日産のゴーン社長はBrexitへの不安を拭い去ることが出来ないようで、今年1月のダボスの世界経済フォーラムにおいて、「Brexitの条件が明白になった時点で、日産グループの投資戦略を検討する」と述べた。
8月6日付スペイン経済紙『Expansión』の中で、日産が英国以外のパーツメーカーを今年英国本社に呼び、英国でパーツを生産するように勧めたという出来事を紹介した。この必要性を感じているのは、英国の全ての自動車メーカーである。1台当たりの車で使われている凡そ3万パーツの半分が英国以外の国で生産されているという事実があるからである。1990年代は輸入パーツは1台の車の凡そ30%であったそうだ。それが次第に増えて、現在輸入パーツが44%にまでになっているという。
更に、事態を複雑にしているのは、一つのパーツを生産するのにそれが凡そ30のサブパーツから構成されていて、例えば15カ国から集めたものだという場合もあるという。
英国が単一市場から離脱すれば、自ずとヨーロッパ大陸から輸入するパーツには関税を適用せねばならなくなる。同様に、英国からヨーロッパ大陸に輸出する車に対しても輸入国で関税が適用されることになる。
世界貿易機構(WTO)の関税基準に照らした場合、パーツの関税率4.5%、自動車10%が基準になっているという。
日産は今年2月に英国の自動車生産業者が集まる委員会で、パーツメーカーを英国に進出させる為に1億ポンド(144億円)の基金の創設を提唱したそうだ。
例えば、ランド・ローバーは年間60万台を生産しているが、パーツの40%はヨーロッパ大陸からの輸入に頼っているという。新車種ヴェラールの生産に因み、フランスのバンパーメーカープラスチック・オムニウムを説得して英国での生産に踏み切らせたという例がある。同様に、排気管の生産も英国にメーカーが進出したそうだ。
一方、複雑な要素が絡むパーツの場合は事態は容易ではない。アルミホイールやエレクトロニックなどのパーツになると、一か国だけの市場を対象に生産するには需要が少ないと指摘されている。即ち、英国に進出して生産することは難しいということである。
例えば、冷却プレスによる製品だと現在も英国で生産されているが、その生産業者が競争力という面から減少しているという。70年代には英国で50万トンが生産され、その60%が自動車市場に向けられていた。現在は生産量は13万トンまで減少し、その20%だけが自動車向けになっているそうだ。
タイヤについても、簡単そうであるが、英国進出には2億ポンド(288億円)の投資が必要で、しかも年間で200万個のタイヤを生産するだけの需要が無いと採算に乗らないとされている。
車体パネルの場合は自動車メーカーの工場の近くでの生産が必要とされる。ジャスト・イン・タイム生産体制だと、それが必要とされた時点で納品が要求される。スペインの車体パネルメーカーガスタンプは7000万ポンド(100億円)投入してBrexitが決まった直後に英国進出を決めたという。
このように、Brexitの決定に絡んで、英国の自動車メーカーではパーツメーカーの英国への進出を勧める為の見えない戦いが始まっているのである。
2015年に英国で生産された車の75%は輸出向けだったという。日産の場合は英国で生産された車の55%が輸出向けになっているという。
英国はEUとの交渉の今後の展開に依存することになるが、パーツを英国国内で生産しない限り、ヨーロッパ大陸から輸入する分については関税が掛けられるようになる。そのコストアップ分を英国の企業がどのように相殺するのか明確に見えない。しかも、ヨーロッパ大陸に英国車が輸出されると、それに輸入関税が掛けられることになる。
ヨーロッパ大陸へ輸出する車の生産の為に英国が輸入するパーツについては、一時輸入としてそれが輸出される際に支払った関税が返金されるような形にする可能性もある。しかし、ヨーロッパ大陸に輸出された車への大陸側での輸入関税の適用についてどのような形で展開して行くのか全く明確にされていない。
また、EUから英国に輸出される車に対しても英国で関税が掛けられることになる。昨年、英国で人気のある10車種の内の7車種はヨーロッパ大陸で生産されている国であったという。しかし、その輸入台数は英国がヨーロッパに輸出する台数に比較して割合は遥かに少ない。