某番組で張本氏がダメ出しする喝にはどんな意味があるの

尾藤 克之

向谷匡史氏(久米書店/BS日テレ,2016年11月11日)

日本は憲法によって信仰の自由が認められている。文化庁の調査では、信仰の約半数が仏教という結果が明らかになっている。しかし私たちは驚くほどその実態について知らない。例えば、僧侶でまず思い浮かべる剃髪。なぜ坊主頭なのか。念仏はなぜ唱えるのか。袈裟を掛けていれば僧侶だが、なぜ袈裟を掛けるのか。

すべての作法や決まりごとは宗派によって違いがある。こんなところにも、成り立ちや考え方の違いが垣間見られるものだ。今回は、『浄土真宗ではなぜ「清めの塩」を出さないのか』(青春出版社)を紹介したい。浄土真宗本願寺派僧侶、保護司、日本空手道「昇空館」館長も務める、向谷匡史(以下、向谷氏)の見解である。

張本氏の「喝」は臨済宗が由来

野球解説者の張本勲氏が、某テレビ番組で1週間のスポーツ界の出来事に対して、「喝」といってダメ出しをするコーナーが人気だ。かなり強引な一喝には賛否両論あるが、スッキリ爽快な気分になる視聴者も多いだろう。

「実は、この『喝』は中国の禅宗に由来し、『臨済の喝』は最も有名です。中国禅宗は6世紀前半に菩提達磨を初祖として始まります。7世紀に『北宗禅』『南宗禅』に分かれ、その後、南宗禅が主流となります。中国禅は時代を経てさらに分派し、日本臨済宗の開祖栄西が中国へ渡った頃には各派に分かれていました。」(向谷氏)

「臨済宗はその一つで『黄龍派』『楊岐派』があり、栄西以降、日本にもたらされた臨済宗は『黄龍派』が衰退したため、『楊岐派』が主流となります。栄西が京都に開いた臨済宗建仁寺派も、鎌倉時代中期、中国禅僧で楊岐派の法系を受け継ぐ蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)が住職となっています。」(同)

ところで、読者の皆さまは、栄西の正しい読み方をご存知だろうか。

「一般的には『えいさい』と呼ばれていますが、臨済宗では『ようさい』と呼びます。栄西が中国へ渡った当時の宋時代の発音が『ようさい』だったからだとされています。また、その後、中国で『明庵』という道号を授かっています。臨済宗では『明庵栄西』(みょうなんようさい)と呼ぶのが正式です。」(向谷氏)

「中国臨済宗は臨済義玄を宗祖としています。彼の峻烈な一喝を浴びた者は百もの雷に打たれたごとく茫然自失したと伝えられています。これが『喝の臨済』のゆえんいなります。次にエピソードを紹介しましょう。」(同)

「喝」は禅宗の最も高い到達点でもある

「臨済は20歳で黄檗希運(おうばくきうん)に師事するも、さとりが得られないでいました。臨済は思いつめ、師の黄檗に『仏教の極意は何か』と問うや、黄檗は臨済を何度も棒で打ちつけて道場から追い出します。それが3度続き、臨済は修行を断念し、黄檗に別れを告げに行くと『大愚和尚を訪ねよ』といわれます。」(向谷氏)

「臨済は大愚を訪ねます。そして経緯を話すと、大愚は『黄檗禅師はなんと親切なことか。老婆が孫を可愛がるようにヘトヘトになって教えているのに、おまえはそれに気がつかないのかっ!』と一喝。臨済はその瞬間、心の目を開いて大悟します。臨済は、仏教を頭で理解しようとしていた自分に気づいたのです。」(同)

その後、臨済は黄檗のもとに戻り、印可を授かり臨済禅を確立する。「殺仏殺祖」(仏に遭っては仏を殺し、祖師に遭っては祖師を殺す)という臨済の言葉は、「既成概念を捨て自己を見つめよ」という意味である。臨済の一喝は「どのような場合でも何ものにも束縛されず、主体性を持って行動せよ」との解釈になることを覚えておきたい。

つまり、張本勲氏の、「喝」は、「主体性を持って行動できなかった」ので「喝」の意味につながるのである。張本氏がそれを承知のうえで使用しているかはわからないが、「喝」を使用する局面としては間違えていない。もし周囲に、主体性を持って行動できない人がいたら「喝」を言ってもらいたい。

臨済のこうした教えは『臨済録』に示され、禅宗の最も高い到達点といわれている。本書は、大人の教養として知っておきたい仏教の基礎知識がわかりやすく解説された内容になる。仏教を理解することで、物事の正しい道筋を見つけられるかもしれない。

さて、この度、『007に学ぶ仕事術』を出版した。アゴラでは、「ビジネス著者養成セミナー」という著者希望者のためのセミナーを隔月、「出版道場」という出版ニーズに応えるための実践講座を年2回開催している。読者の皆さまへご報告を申し上げたい。

尾藤克之
コラムニスト

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