私は、ある案件のプロマネにアサインされた。前任が長期欠勤を余儀なくされてのリリーフになる。スケジュールは遅れていると聞いている。メンバーがいる現場に向かったが、ドアを開けた瞬間、悪い空気が漂っているのが感じられた。私が入室しても、あいさつすら交わそうとしない。ひたすらパソコンに向かって作業をしている。
部屋の隅にはファイルが積まれていた。私はファイルを手に取り、目を通し始めた。当初のスケジュール表はとっくのとうに用をなさなくなっていた。ページをめくり続けると、あることに気付いた。このプロジェクトは3つのチームに分かれて作業が進められていいるが、Aチームのみ工程が守られていたのである。
上司が部下をはめるよくある話
私はAグループ長の清水を呼んだ。「大変なプロジェクトとはうかがっておりますが、他のグループに比べるとこのグループは遅れがありません。お話を聞かせてもらえないでしょうか?」。警戒させないよう穏やかな口調で話し掛けると、清水が顔を上げた。年頃は40代半ばだろうか、いかつい感じの男だった。
「私は、プロジェクトの立て直しを命じられました。予定通りに完了させるためには困難が予想されます。そのため体制を含めた大幅な刷新を考えていますが、清水さんはどのようにすることが望ましいと考えますか?成果次第では相応しいインセンティブをお渡しできると考えています」。清水の目つきが変わった。
「私も20年近いキャリアがありますが、かなりきついプロジェクトです。しかし、メンバーをあと3名追加し、簡易分析とスケジュール管理ができる専任アドミを1名登用してくれるなら、当初の予定に近づけることができると思います」。その言葉を聞いた私は、さっそく人材投入のための予算確保に動き出そうとした。
予想外のことが起きた。上司が首を縦に振らなかったのである。「ハァ?お前なに言ってんの?赤字案件になにをしろってか」「お前は能力開発のプロなんだろ?だから、いまの人材を使って予定通りに終わらせることがミッション」「人の能力は引き出せば無限大なんだろ?ん。それをかっこよくキメちゃってよ。みんな注目してまっせ!」。
私はこの時に「はめられた」ことを確信した。この男の目的はプロジェクト成功などではない。私の信頼を失墜させることだ。次期部長として将来を嘱望されている私の昇進が怖いのだ。私の体内で憎悪の炎が燃え上がるのが分かった。
組織のなかで生き抜くということ
007シリーズには共通する興味深いシーンが存在する。それは、部下が最後に上司を助けない点である。途中でボンドに味方をすることはあるが(ジョーズなど)、上司が危険にさらされても最後は助けない。「007美しき獲物たち」でも最後の、ボンドとゾリンの決闘で部下は周囲から見守るだけである。操縦士も持ち場を離れない。
結局、ゾリン自らが斧を持って決闘に向かうがやられてしまう。ストーリーの展開上、エンディングに近いのでボンドが優位であることは明らかだった。部下は裏切らざるをえない状況だが、部下が上司を見捨てるタイミングが早い。きっと、ボンドは世界一のスパイだから、人間的にも魅力的であり人たらしなのだろうか?
しかし、社会の仕組みを考えればあたり前のことである。テレビドラマでもない限り、責任を被って談判するような人は存在しない。こんなことをしていたら組織のなかで生きていくことができないからである。上司は部下の裏切りを予見し、部下も上司の裏切りを予見することで組織のなかで生き抜くことができるのである。
参考書籍
『007(ダブルオーセブン)に学ぶ仕事術』(同友館)
尾藤克之
コラムニスト
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