あのプロ野球ドラフト1位選手!引退と引き際について

尾藤 克之

写真は元永知宏氏

プロ野球もCSが佳境に差しかかっている。今年のセリーグ最下位はヤクルトだった。ヤクルトを弱小だと考えている人が多いと思うが、セリーグでは巨人に次ぐ強豪として知られている。日本一の回数は、巨人に次いで2位の7回を数えている。2006年、ヤクルトに鳴り物入りで入団した豪腕投手がいた。増渕竜義(鷲宮高)である。

プロ9年間で157試合登板、15勝26敗29ホールド、防御率4.36という成績を残した。まだ続けられるにも関わらず、ユニフォームを脱いだ。ドラフト1位の豪腕はなぜ、27歳で見切りをつけたのか。今回、『敗者復活 地獄をみたドラフト1位、第二の人生』(河出書房新社)の中でその全貌が明かされた。早すぎる引退に迫る。

著者、元永知宏(以下、元永氏)の略歴を簡単に紹介する。大学卒業後、“ぴあ”に入社。関わった書籍が「ミズノスポーツライター賞」優秀賞を受賞。その後、フォレスト出版、KADOKAWAで編集者として活動し、現在はスポーツライターとして活動をしている。野球界が抱えるタブーに果敢に斬りこむ、元永氏4作目の作品である。

イップスを治せる医者がいない

プロ野球ではドラフト1位の選手が鳴り物入りで入団しながら、プロの厚い壁に跳ね返されることは珍しくない。

プロに入ってから3年間さまよっていたときには抜け出せたのに、今回は出口が見えなかった。2013年は5試合に登板し、0勝に終わった。防御率は6.75。次シーズン開幕直後にトレードが決まった。増渕は次のように語っている。「自分自身がわからなくなって、イップスになってしまいました。満足にピッチングができなくなりました」。

野球における「イップス」とは、もともとボールをコントロールできていたプレイヤーが自分の思うように投げられなくなってしまうことを指す。故障をきっかけに発症することもあるが、ほとんどは心因性だと言われている。心が体の動きを邪魔してしまうのである。最近だと、阪神の藤波投手がイップスではないかと話題になった。

「僕の場合、右ひじを痛めたということが少し影響していると思います。故障した箇所を意識しすぎ、コントロールを考えすぎて、自分の本来の腕の振りがわからなくなってしまいました。フォーム自体は変わっていません。ただ、腕の振り方、力の入れ具合が・・・。ピッチングの感覚をなくしてしまったのです」(増渕)。

どこにボールがいくのか、わからない。野球少年のころから何も意識せずにできていたはずなのに、ボールを投げることが怖くなっていた。イップスは、プロのコーチでも完全には治せないと言われている。増渕は「ピッチングの感覚」を取り戻すために、ネットに向かって投げるネットスローを繰り返していた。

「直接的な原因は思い浮かびません。バッターにぶつけたことでもない。でも、気にしすぎてキャッチボールもおかしくなりました。相手の胸にしっかり投げようとして『あ、抜けそう』と思って、指にひっかけすぎたことがあります。きっかけといえば、それです。その負のイメージが頭に残ってしまったのだと思います」(増渕)。

肩やひじを故障したのなら、専門の医者のところに行けばいい。臨床例なちいくらでもある。ところが、イップスを治してくれる人はどこにもいなかった。メンタルが原因なので、メンタルトレーニングにも通院したそうだ。しかし、メンタルがよくなっても「ピッチングの感覚」を取り戻すことがどうしてもできなかった。

2014年は1軍登板なし。2015年には再びスリークォーターに戻しが、1軍のマウンドに立つことはできなかった。戦力外通告を受けユニフォームを脱ぐことになる。

増渕をイップスに追い込んだ試合

sanspo.com

プロ1年目で初勝利。4年目に中継ぎで20ホールドをマークし、5年目に先発投手として7勝を挙げた27歳の投手の早すぎる引退。イップスとの戦いに敗れ、増渕はユニフォームを脱ぐことになる。望めば、獲得する球団はあっただろう。プレイに固執するならば多くの選択肢があったらが、増渕は決意を変えることはなかった。

イップスの原因は誰にもわかっていない。しかし、ヤクルトフアンとして、増渕を見ていた私には、ある試合がきっかけになったように感じている。

それが、「巨人VSヤクルト戦のあるプレー」ではないかと考えている。3回裏、1アウト2塁、2ストライク2ボールから投じた第5球。李承燁(イ・スンヨプ)の打球はポップフライと思われた。増渕もアウトを確信しマウンドを降りようとしていた。ところが、ぐんぐんと勢いを増しレフトスタンド最前列に飛び込んだ。

これは別名「ドームラン」と命名されている。東京ドームでは、ホームランが出やすいことから、「ホームラン→ドームラン」と命名されているのである。事実、上原浩治と宮本慎也の対談で、上原は「名古屋ドームと東京ドームのHRは価値が違う」と語り、宮本も「チョコンとバットに当たっただけでHRになる」とも述べている。

この試合がきっかけとなり、豪腕が鳴りを潜めた(迷いが生じた)ように感じている。相手打者が、李承燁とはいえ、増渕の人生のなかで、このようなホームランを打たれたことは無かったはずである。なお、本書は元永氏が取材などをおこない、それらの証言を元にまとめている。また、本記事用に本書一部を引用し編纂している。

参考書籍
敗者復活〜地獄をみたドラフト1位、第二の人生』(河出書房新社)

尾藤克之
コラムニスト

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