初来日の日程を終了したトランプ大統領は、アジア歴訪真っ最中である。メディアでは、トランプ大統領と安倍首相との会談を好感する報道が多い。しかし、2016年12月、あるニュースが世間を騒がせたことをご存知だろうか。トランプ氏と、ソフトバンクの孫正義社長がニューヨークで電撃会談した件である。
今回、紹介するのは『孫社長のYESを10秒で連発した 瞬速プレゼン』(すばる舎)。 筆者の、三木雄信氏が、「世界一つかまりにくい上司」のもとで鍛えられたスキルが凝縮された一冊。そして、その上司の名は、ソフトバンクグループの孫正義社長である。
電光石火のアポが取れた理由とはなにか
――トランプ氏が大統領になることが確定してから、日本企業の経営者に会うのはもちろんこれが初めての機会。日本の安倍首相との初会談が実現したのさえ、それから約2カ月も経ってからのこと。そこにはどのような秘密があったのだろうか。
「なぜ孫社長は、面識のないトランプ氏にいち早く会うことができたのか。それは『相手がイエスと言うしかない提案を用意したから』です。会談終了後、トランプ氏と並んで報道陣のカメラの前に現れた孫社長の手には、『今後4年間でアメリカに500億ドルを投資し、5万人の雇用を創出する』と書かれた資料がありました。」(三木氏)
「この提案をプレゼンするために、孫社長はトランプ氏にアポをとったのです。これをトランプ氏が断るわけがありません。トランプ氏は選挙中から一貫して、『アメリカ国内の雇用を増やす』というキーメッセージを繰り返し発し続けてきました。つまり、彼が最も強く求めているのが『雇用』だったわけです。」(同)
――孫社長は承知の上でトランプ大統領が望む通りの提案を持っていったことになる。トランプ氏が孫社長を大歓迎して迎えることは予測されていたのである。
「もちろん孫社長も、何の見返りもなく巨額の投資をするわけではありません。ソフトバンクが買収したアメリカの携帯通信大手のスプリントは、同じく通信大手のモバイルとの合併を模索しています。アメリカの認可が下りず、一度は合併話もストップしましたが、規制緩和を進めてくれればチャンスが巡ってくると予想できました」(三木氏)
「孫社長はそこまで見通して、ウィン・ウィンの提案を用意したのです。その後、スプリントとTモバイルが合併に向けて非公式の協議を再開したというニュースが伝えられています。相手が求めるものを知り、相手が了承するしかない状況を作り出せば、ー発で相手からイエスを引き出せる。準備段階で勝負は決まっていました。」(同)
相手が「イエス」以外言えなくなる状況
――三木氏によれば、「話す前に勝負をつける」のは、孫社長の得意技とのことだ。2006年、ソフトバンクはボーダフォン日本法人を買収し携帯電話事業に参入する。買収額は、1兆7500億円。金融機関がイエスと言うしかない状況をつくりあげていた。
「5年前まで、ソフトバンクは通信事業で何の実績もありませんでした。そんな会社が『融資してくれ』と言っても、断られるだけです。2001年にADSL事業に参入。自社のユーザーを大きく増やしてから、今度は日本テレコムを買収して、固定電話会社としての実績や経営ノウハウ、ブランドを手に入れました。」(三木氏)
「こうしてソフトバンクは、1000万人のユーザーを持つ『大手通信事業会社』という地位を獲得しました。そして、ここぞというタイミングで金融機関からイエスを引き出し、ボーダフォン買収に必要な資金調達を成し遂げたのです。」(同)
――「話す前に勝負をつける」方法。程度の差はあっても、ビジネスに関わる人であれば経験していることが多い。レベルはまったく異なるが、私が経験した事例をお話したいと思う。相手のメリットと置き換えればわかりやすいかも知れない。
メーカーA社は国内を代表する企業で東証1部に上場している。しかし業績悪化で採用が2年間凍結されていた。再開したいが大義が見当たらない。私が提案したのは前年に導入した「成果主義の撤回」だった。社員が「成果主義」という言葉に拒否反応を示しているだけだったので表現を変えた。人事部の説明に言葉が足りなかったことが原因である。
そして私はA社の会議である質問をした。「採用凍結を決定したのは誰ですか?」。結局、誰が言い出したかわからない。「業績悪化→成果主義→リストラ→採用凍結」という思い込みだったのである。翌週、採用再開の報道が流れる。すると、競合他社の営業マンが大挙して押し寄せる。ベンダーを交えた会合があり私は人事部側の席に着席した。
人事担当者は、「今回の採用は尾藤さんに任せたのであとは指示に従ってください」と話して席を立つ。当然、その場は紛糾しなにも決まらない。数日後、場を改めることになる。業界大手の就職サイトを運営する会社は、担当役員の常務が事業部長以下、数名を引き連れてきた。しかし、またしても私は人事部側の席に着席することになる。
各社はディテールの提案をしてきた。私は、「採用が成功したら担当者の成果、失敗したら当社の全責任。皆さまにご迷惑は掛けません」という主旨で関係者に根回しをして言質をとっていた。当時、私は30代だったが印象深いプロジェクトだったので今でも思い出すことがある。これは、三木氏が提案する「イエス」にしかならない交渉に近いかも知れない。
「即断・即決」を引き出す秀逸テク
三木氏のもとには、社内から「この書類に孫社長のサインがほしい」「孫社長の了承をとってくれ」といった依頼が、毎日、山のように押し寄せる。これらの承認をもらうのが三木氏の役目になるが、孫社長をつかまえるのは容易ではない「孫社長の手が空いたら相談しよう」などと悠長なことを言っていたら永遠に了承は取れない。
緊急性が高い事案であれば、5秒でも10秒でも孫社長をつかまえて、その場で即答してもらう必要性がある。瞬時に相手に説得するにはなにが必要なのか。本書にはそれらのノウハウがまとめられている。仕事術の本には「おや?」というものが少なくないが、本書は本物であることも申し上げておきたい。さて、読者の皆さまの答えは「イエス」だろうか。
『孫社長のYESを10秒で連発した 瞬速プレゼン』(すばる舎)
尾藤克之
コラムニスト
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