「預言者」は故郷では歓迎されない

ローマ法王フランシスコは15日からチリ、18日にはペルーと南米2カ国を訪問中だ。フランシスコ法王にとって既に22回目の外遊だ。南米ではブラジルを皮切りに7カ国訪問済みだが、不思議なことに、法王は出身国アルゼンチンをまだ訪問していない。

▲南アメリカ地図

ブエノスアイレス大司教のホルへ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿が2013年3月、コンクラーベ(法王選出会)で第266代法王に選出されて以来、新法王は同年、南米最大のカトリック教会のブラジルを訪問。そして15年にはエクアドル、ボリビア、パラグアイ、そしてキューバを、翌年16年にメキシコ、昨年は和平協定が締結されたばかりのコロンビアを訪問している。そして新年早々、チリとペルー2カ国を訪問中というわけだ。

南米では、カリブ海諸国、ベネゼエラ、ウルグアイはまだ訪問していないが、フランシスコ法王が76年間生きてきたアルゼンチンをまだ訪問していないことに驚きの声が聞かれる。オーストリア代表紙プレッセ(1月16日付)は「なぜローマ法王は故郷を訪問しないのか」と疑問を呈する。ブエノスアイレス日刊紙クラリンは「フランシスコはチリ、ペル―を訪問しながら、なぜアルゼンチンを素通りするのか」と首を傾げる記事を掲載しているほどだ。

前法王、ドイツ人のベネディクト16世(在位2005年~13年)は就任後、ドイツに凱旋帰国している。久しぶりのドイツ人法王誕生ということで「おらが村の法王」といった雰囲気がドイツ国内にあった。冷戦時代に法王に選出されたヨハネ・パウロ2世(在位1978年~2005年)は27年間の在位期間中に数回母国ポーランドを訪問し、ヤルゼルスキ共産党政権時代は文字通りワルシャワに凱旋し、国民に大歓迎を受けた。

フランシスコ法王の場合はどうか。同法王の就任式典が2013年3月19日、バチカンのサン・ピエトロ広場で行われたが、母国アルゼンチンからクリスティーナ・フェルナンデス・キルチネル大統領が出席し、両者が歓談している写真を見ていると、新法王のアルゼンチン訪問も近いと受け取られたほどだ。

しかし、アルゼンチンで大統領が変わり、実業界出身のマウリシオ・マクリ現大統領が就任すると風向きがガラッと変わった。マクリ大統領とフランシスコ法王との関係は良くない、といった憶測が流れてきた。マクリ大統領は2016年末、バチカンを訪問し、フランシスコ法王を謁見したが、両者の会談はわずか20分間で終わっている。マクリ大統領はブエノスアイレス市長時代、近くに住んでいたベルゴリオ大司教(現フランシスコ法王)とはほとんど交流しなかったという。

別の理由も考えられる。フランシスコ法王はアルゼンチンの軍政政権時代(1976年~83年、ベリゴリオ大司教時代)、独裁政権との関係がメディアで報じられたことがある。アルゼンチン国民の中には、「ベリゴリオ大司教は独裁政権への抵抗が十分ではなかった」、「修道院の同胞が迫害されても救援しなかった」、「彼は独裁政権の共犯だ」等の批判の声があった。
それに対し、アルゼンチンのノーベル平和賞受賞者で自身も独裁政権下で迫害を受けたアドルフォ・ペレス・エスキベル氏は、「独裁政権の共犯となった司教たちがいたが、ベリゴリオはその中に属さない」と述べ、現法王の潔白を証していた。バチカン法王庁はフランシスコ法王の過去問題を「中傷に過ぎない」と一蹴してきた。

プレッセ紙によると、法王は国内の政治問題に自身が利用されることを避けているという。左右両陣営の政党が法王の名を利用するケースが少なくないからだ。ちなみに、バチカン法王庁はローマ法王の母国訪問が実現できない最大理由を「日程の都合」と説明しているだけだ。

フランシスコ法王と母国との関係を考えていると、「預言者は故郷では受け入れられない」と語ったイエスの言葉を思い出す。
ナザレで成長したイエスに対し、「ナザレから何のよいものが出ようか」と嘲笑された。イエスがエルサレムに入り、福音を述べ伝えようとすると、イエスを知っているユダヤ人から、「彼は大工ヨゼフの息子だ。その息子がキリストであるはずがない」として、偽りを伝える危険人物と受け取られた。その時、「エルサレムよ、エルサレムよ」という有名な嘆きがイエスの口から飛び出したわけだ。イエスが嘆いたように、神が送った多くの預言者は過去、故郷では歓迎されず、むしろ迫害されてきた。

フランシスコ法王は預言者ではなく、ペテロの後継者だが、ホルへ・マリオ・ベルゴリオの幼年期、青年期をよく知っているアルゼンチン国民は、案外、ローマ法王となったフランシスコ法王を理解するのが難しいのかもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年1月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。