オーストリア・リンツ市「アルスエレクトロニカ」。
1979年に始まったアート☓テック☓市民の祭典です。
ポストシティ、アルスエレクトロニカセンター、大聖堂、美術館などドナウ川をはさむ街中の12会場で開催されました。
人口20万人のオーストリア第3の都市、リンツ。
ヒトラーが郊外に生まれ、幼少期から美大を目指してウィーンに上京するまで過ごしたドナウ川の街、かつての鉄鋼の町に、40か国以上のアーティストが集います。
鷲尾和彦さん著「アルスエレクトロニカの挑戦」。
なぜオーストリアの地方都市で行われるアートフェスティバルに、世界中から人々が集まるのか。
この本の中に大事なことは全部書いてあるので、今回の訪問はそれを追体験・確認する作業です。
それを踏まえメモします。
アルスエレクトロニカは、芸術祭だけでなく、コンペ、センター、ラボ、教育、それら活動全体の名称です。
アートとテックによる街づくりの総称とも言えます。
衰退する工業都市を文化で再生する挑戦、それを40年近く続けているのです。
推進母体たるエンジンは、1996年、ドナウ川沿いに設立された「未来の美術館」、「アルスエレクトロニカセンター」。
展示施設というより、映像やものづくりの教育施設である点が重要です。
もう一つのエンジンは、同じく1996年に設立されたリンツ市の公営企業「アルスエレクトロニカ社」。
アルスエレクトロニカの活動全体を事業として成立させ、産業政策と文化政策とを両立させて推進しています。
今回はリンツの玄関口、中央駅わきの郵便配達センター跡地「ポストシティ」がメイン会場。
テーマは「AI Other I」。
AIが人の存在を問う。
技術と人と都市。今年は、これしかない。
とてもたくさんの日本人に会いました。
メディアアート系の研究者やアーティスト、大学関係者をはじめ、デザイン、広告、ゲームなどの業界関係者など。
旧知のかたも多く、まるで同窓会。
みなさんはるばるおつかれさまです。
ぼくは3点に注目して観察しました。
1)アート&テック展示、2)キッズ☓教育、3)都市開発。
そして、これなら東京でできる。
いや、東京でやるほうがいい。というのが結論です。
1)アート&テック。
12会場を使ったメディアアートの展示。
AIがテーマだけに脳波ゲームなどが目立ちましたが、これが先端だ、というほどのインパクトはありません。
米シーグラフと同様に学会色が強く、SXSWのようなビジネスのギラつきに欠けるからかな。
ワクワク度だと日本のメディア芸術祭が高いですし、ポップ&テック度は東京ゲームショーや東京おもちゃショーのほうが強烈。
超人スポーツをフィーチャーし、β学会から大相撲から政治・軍事まで収容する「ニコニコ超会議」は孤高の先端を行く、というのが素直な感想。
森山朋絵さんプロデュースの、動くとハエがたかってくるビジュアルにたどりつき、ようやく、そうそう、こういうのを見たいんだよな、と気づきました。
指紋をとると、その画像が精子のようにディスプレイを徘徊し始める。
東京芸術大学・桐山先生の作品。
かように日本のアーティストの存在感が大きいです。
日本人の作品を日本人がドアツードアで24時間かけて見に来ている風情であります。
18禁コーナーに、怪人エイドリアン・チェオク教授のキス伝達マシン「キッセンジャー」がありました。
開発者のエマが健気に説明をしています。
ぼくはマレーシアで彼らが運営する研究所の客員なので、お手伝いしなければいけませんが、やり過ごしました。
センターには「DeepSpace8K」という16☓9mの8K 3D表示シアターがあり、天体の運行を見せていました。
4K8Kパブリックビューイング場を整備するのはぼくの業務でもあり、アルスに置かれているのは感動モノ。
政府オリパラ事務局長の平田竹男さんも視察していました。
が、であれば先に東京に置きたいな。
2)キッズ☓教育。
アルスエレクトロニカは中軸に教育を置いています。
そこが単なるアート&テック祭ではない公益の意義だと考えます。
センターはSTEMを一歩進めてArtを組み込む「STEAM」教育を重視し、ハイテク・プレイグラウンドも設置。2015年には17万人が入場したといいます。
会場でもプログラミングのワークショップや青少年のデジタル表現展示がかなりの規模を占めていました。
工作、マイクロビッツ、3Dプリント。
こちらでも流行りなんですね。
バンダイナムコ「パッカソン」。
マイクロソフトのホロレンズでパックマンに変身して、街でチーム行動をするワークショップ。
パックマンをネタに、新技術や教育に展開する試みです。
ここでも日本企業が高いプレゼンス。
ただ、正直、ワークショップの集積度、レベル、ポップさ、テック度、賑わい、全ての面でぼくらのワークショップコレクションが数段進んでいます。
ぼくらとしてもアルスと連携して、新機軸が打ち出せそうだと感じました。
3)都市開発
特筆すべきは、この総合活動を都市開発の観点で進め続けているということです。
鉄鋼の町、重工業都市リンツが衰退からの再生を期し、文化芸術都市となる道を自発的に歩み始めた。
それを行政や公営企業が推進し、毎年イベントとして世界中の人々を吸引するビジネスモデルを構築した点です。
それは、ものづくりの工業国家からクールジャパンの文化国家へと脱皮を図る日本のモデルとなります。
1930年代のタバコ工場跡地「タバクファブリーク」。
3.8万㎡の産業集積センターです。
テック、デザイン、メディア、教育の集積拠点。
ぼくらが整備中のポップ&テック特区CiPのモデルです。
アルスエレクトロニカ社は年予算20億円、リンツ市は1/3を支援しているそうです。
アルスエレクトロニカ・フェスティバルの予算は5億円で、公的支援1.5億円、イベント収益1.3億円、スポンサー収入2.5億円。
いいバランスですね。
こうしたモデルを作り上げた公益活動こそが、見えにくいけれど最重要のポイントです。
アルスエレクトロニカ社は2009年から「オープンコモンズ・リンツ」なるオープンデータも進めているそうです。
ぼくらが日本のオープンデータ運動を始める3年前。
公益部門の感度が高いことの証左です。
このあたりは脱帽。
水面を使ったナイトイベント。
ポップ&テック特区竹芝の「海」を使えば、もっと派手なことができます。
国家戦略特区の機能を活かして、さまざまな規制を緩和してもらいましてね。
アート&テック系の学会活動を集め、ワークショップコレクションを中軸に据えて、J-POP業界やeスポーツ業界、通信・放送業界の協力を得つつ、超スポ国際大会などニコ超会議っぽい出し物を揃えてみましょう。
きっと世界一のおもろいポップ&テックのイベントが開催できます。やりましょうよ。
編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2018年3月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。