ドイツで過去、イスラム教がドイツ社会に属するか否かで論争があった。クリスティアン・ヴルフ大統領(在位2010年7月~2012年2月)が2010年、「イスラム教はドイツに属する」と発言したことが直接の契機となったが、今回はメルケル首相が今月21日、第4次政権の施政演説の中で「イスラム教はドイツに属する」とヴルフ大統領の発言を繰り返したのだ。
メルケル首相は連邦議会(下院)での施政演説で難民政策に多くの時間を割き、100万人余りの難民が殺到した2015年の再発は回避しなければならないと強調する一方、困難な難民を受け入れたドイツ社会を称賛する中で、「ドイツ社会に統合したイスラム教徒はドイツ社会に属する」と述べた。
独週刊誌シュピーゲル(電子版)によると、ホルスト・ゼーホーファー新内相(「キリスト教社会同盟」CSU)は「メルケル首相の難民政策は理解できない」と指摘、メルケル首相の「イスラム教はドイツに属する」と述べた発言内容に怒りを露にしたという。
ゼーホーファー内相はバイエルン州を拠点とするCSUの党首であり、2015年の難民殺到時にはバイエルン州はその入り口となった。その直接の契機はメルケル首相の難民ウエルカム政策だった。それだけに、新内相は難民収容の最上限設定に今なお抵抗するメルケル首相の難民政策に根底から不信感が拭えないのだ。
CSUがキリスト教民主同盟(CDU)と社会民主党(SPD)との大連立交渉で内相ポストを要求した背後には、難民政策を主導したいという狙いがあった。念願かなってゼーホーファー氏は第4メルケル政権で内相ポストを得たが、その新内相を前にメルケル首相は「イスラム教はドイツに属する」と発言したわけだ。
それでは、ドイツ国民は再発したイスラム論争をどのように受け止めているだろうか。民間放送RTLとN-TVは今月20日、21日の両日、1003人を対象に実施した世論調査結果によると、47%の国民は「イスラム教はドイツに属する」と受けとり、46%は「イスラム教はドイツ社会の一部ではない」と答えていることが明らかになった。イスラム教の受け取り方で国論が2分化しているわけだ。
州別によると、旧東独地域でイスラム教嫌悪傾向が強く、約62%の国民がイスラム教を拒絶している。同時に、60歳以上の高齢者も同様、約53%はイスラム教拒否の姿勢が見立つ。
党派別では、民族派の新党「ドイツのための選択肢」(AfD)は87%、自由民主党(FDP)が59%とそれぞれ反イスラム教傾向がある。逆に、社会民主党(SPD)は64%、「同盟90/緑の党」76%が「イスラム教はドイツに属する」と考えている。同時に、メルケル首相が率いるキリスト教民主同盟(CDU)でも過半数はメルケル首相の発言を正しいと受け取っている。ちなみに、「イスラム教に恐怖を感じるか」という質問に対しては、70%が「ない」と答えている。
イスラム論争について、ザールランド州のトビアス・ハンス首相 (CDU)は「イスラム教がドイツに属するかどうかの論争はどうでもいいことだ。どの宗教がドイツに属するかは政治が決定する課題ではない。わが国の法体制を受け入れ、統合している国民はドイツに属する」と述べている。シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州のダニエル・ギュンター首相 (CDU)は「仮想論争は止めるべきだ。重要なことは具体的に対応することだ」と述べ、イスラム教に過度な反応を示すCSUに対して警告を発している、といった具合だ。
イスラム教問題はドイツだけではなく、欧州全土を分裂させている。旧東欧のポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリーは欧州連合(EU)の難民受け入れ分担を拒否し、中東・北アフリカからの難民の殺到を「イスラム教の北上」と受け取り、イスラム教徒への嫌悪感が強い。ドイツは2015年の難民殺到で最も多くの難民を受け入れてきたが、国民の間にはイスラム教への対応で依然、コンセンサスが見つかっていないのが現状だ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年3月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。