「北」の非核化か「朝鮮半島」の非核化か

長谷川 良

「北朝鮮の金正恩労働党委員長は訪朝した韓国特使団(団長・鄭義溶大統領府国家安保室長)に非核化の意思のあることを初めて明らかにした」というニュースが大きく報じられた。韓国では北の非核化が核実験を含む稼働中の寧辺核関連施設の全面的停止を視野にれたものと早合点して歓迎する声が聞かれたが、金正恩氏は果たして“北の非核化”に言及したのか、それとも“朝鮮半島の非核化”を示唆したのだろうか。この辺のニュアンスは訪朝の韓国特使団の報告では明確ではない。

▲全てはこの時から始まった(文大統領、金正恩氏の妹、金与正党第1副部長から親書を受け取る。2018年2月10日、韓国大統領府公式サイトから)

南北、米朝首脳会談の開催日が近づくにつれて、金正恩氏の非核化が後者を意味していた可能性が濃厚となってきているのだ。韓国や米国は北朝鮮の「完全で検証可能かつ不可逆的な核放棄」を求めているが、金正恩氏は米朝会談で「朝鮮半島の非核化」を持ち出すのではないか。

それでは、「北の非核化」と「朝鮮半島の非核化」ではどう違うのか。前者の非核化の対象はあくまでも北朝鮮の核関連活動の開発、停止を意味する。それ以上でもそれ以下でもない。一方、後者の場合、北の核関連活動だけではなく、その延長上に核兵器を保持する在韓米軍の朝鮮半島からの完全撤退が含まれてくる。朝鮮半島の核フリー地帯構想にもつながる。

それでは、トランプ米大統領は金正恩氏とどの非核化についてディ―ルする考えだろうか。トランプ氏を含む米国側から聞こえてくる声は「北の非核化」であり、「朝鮮半島の非核化」ではないのだ。

金正恩氏がトランプ大統領との会談で北の非核化を朝鮮半島の非核化にリンクしてきた場合はどうするのか。在韓米軍の核の傘を撤去しないならば、北側に一定の核活動を容認するか。厳しい選択が強いられることになる。

トランプ氏が金正恩氏に「お前の核兵器を解体せよ」というならば、金正恩氏は直ぐに「米国も核兵器を有しているではないか。米国は許されるが、わが国は許されないというのは不平等で公正ではない」と差し迫ってきたならば、トランプ氏は説明に窮するだろう。「北は独裁国家で世界の無法国家だからだ」とツイッターでは発信できても眼前の金正恩氏にはさすがのトランプ氏も言えないだろう。

この2つの非核化問題を米朝で議論する時、北側の主張は論理的には説得力がある。核拡散防止条約(NPT)の不平等性をつくテーマだからだ。核保有国と非保有国の間には歴とした不平等さがある。核兵器を保有していない国に開発・保持を禁止し、厳密な監視体制で管理する一方、核保有国には新たな核実験や開発のモラトリアム以上の義務はないからだ。

トランプ政権は現在、核戦力体制の見直し(NPR)に取り掛かっている。金正恩氏の大陸間弾道ミサイルが米国本土まで届かない限り、北の核戦力に対し声を大にして糾弾する必要はないから、金正恩氏が北の非核化を朝鮮半島の非核化にリンクさせてきた場合、朝鮮半島の“近い将来”の非核化を約束するかもしれない(その場合、トランプ氏は事前に日韓両国の承諾が必要となる)。一方、トランプ氏が朝鮮半島の非核化を拒否し、北の非核化を強要する場合、金正恩氏は米朝首脳会談の失敗を米国側の非協調的な姿勢にあったとプロパガンダするだろう。

米朝首脳会談の焦点は、金正恩氏の非核化の真剣度を探るというより、トランプ大統領が朝鮮半島の非核化まで突っ込んだディ―ルをするかに移ってきた。文在寅大統領がここにきて米朝韓3首脳会談を提案した背景には、朝鮮半島の非核化、在韓米軍の完全撤退を推進することで文大統領と金正恩氏の間で暗黙の合意が出来上がっているからではないか、といった憶測が湧いてくるのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年3月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。