【映画評】ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男

渡 まち子

第2次世界大戦勃発後の1940年、ヨーロッパでナチス・ドイツが猛威をふるうなか、イギリスでは、チェンバレンの後任としてウィンストン・チャーチルが英国首相に就任した。フランスは陥落寸前、英仏軍がダンケルクの海岸に窮地に追い込まれる絶対絶命の中、政界で敵が多いチャーチルは、ヒトラーとどう向き合うかの選択を迫られる。和平か、徹底抗戦か。街で市民の声を聞いたチャーチルは、国会で議員たちに向かって演説を始める…。

第2次世界大戦下のイギリスで、苦渋の選択を迫られるウィンストン・チャーチルの首相就任からダンケルクの戦いまでの4週間を描く伝記ドラマ「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」。対話か、抗戦か。ヒトラーという分かり易い絶対悪が存在していた時代、ここでの抗戦は正義の選択だ。だがそれは後の世の人間だから言えること。人間としても政治家としても欠点が多く、政敵だらけだったチャーチルは、不安と絶望の中で、国民に犠牲を強いる苦渋の決断をすることになる。歴史の渦中にいたチャーチルの決断に、今の私たちを含む全世界の運命がかかっていたのだ。本作は“DARKEST HOUR(最も暗い時)”に立ち上がることができる人間だけが真のリーダーなのだと教えるドラマなのである。

政治家の伝記映画だが堅苦しさはなく、新人秘書の目を通すことによって、老政治家チャーチルの私生活や家庭人としての側面、風変わりな仕事ぶりなどを描いたのが効果的だ。無心で猫とたわむれたり、トレードマークのVサインの意外な誕生秘話など、微笑ましいエピソードも楽しめる。何より偉大なチャーチルを、チャーミングな変わり者として演じ切ったゲイリー・オールドマンの名演抜きに、この映画は語れない。彼が今まで演じてきた、ロックスターや悪役などのアウトローの妙演は、政界一の嫌われ者と言われたチャーチルと不思議なほど共通点があるのだ。演説のシーンはどれも見事だが、地下鉄の中で庶民に直接声を聞くシークエンスが素晴らしく感動的である。名もなき国民こそが本当に強く願っていたのだ。「断じて降伏はしない!」と。ジョー・ライト監督は、奥深い人間描写でチャーチルとその周辺の人物たちを見事に描いている。そして特殊メイクの辻一弘の突出した才能が、魅力に満ちたチャーチルを作り上げたことも忘れずに付け加えたい。
【80点】
(原題「DARKEST HOUR」)
(イギリス/ジョー・ライト監督/ゲイリー・オールドマン、クリスティン・スコット・トーマス、リリー・ジェームズ、他)
(歴史秘話度:★★★★☆)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2018年4月1日の記事を転載させていただきました(アイキャッチ画像は公式Facebookページから)。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。