日本の介護は「一億総わからない社会」である

尾藤 克之

写真は書籍書影

総務省統計局(平成24年就業構造基本調査)によれば、働きながら介護をしている人は現在240万人を超している。さらに、過去5年間に介護・看護のため前職を離職した者は48万7千人、このうち女性は38万9千人で、約8割を占めている。

介護のために、それまで勤めていた会社を辞める「介護離職」が止まらない。社会の中で大きなうねりとなって、私たちの暮らしのまえに立ち塞がろうとしている。

今回は『仕事と介護の両立をサポート! 介護に直面した従業員に人事労務担当者ができるアドバイス』(第一法規)を紹介したい。著者は、和氣美枝さん。「ノーモア介護離職」を掲げワーク&ケアバランス研究所を主宰。介護離職防止対策に取組んでいる。

選択肢がない介護の実態

日本の介護は「一億総わからない社会」である。「介護離職防止」は、今すぐに取り組むべき喫緊の課題だが、介護を目の当たりにしていない方にとっては他人事。社員が介護を理由に働けなくなったらどうするのか。大きなリスクになることを理解しつつも具体的な対策は講じられていない。

「企業にとっても『介護離職防止は重要課題』と認識していても、その取組みにおいては『検討中』といった状態です。また、人事部などからの問い合わせには『なにから取り組んだらいいのかわからない』『企業はどこまで支援したらいいのかわからない』といったことが多いです。企業の介護施策担当者でも、わからないのが実情です。」(和氣さん)

「また、『介護離職』の問題において、国・自治体、企業・介護業界、そして個人ができることは異なります。介護は、要介護者の状態や、家族構成・経済状況など様々な要因で異なります。全体を俯瞰しなければ正しい状況が把握できません。偏向した考えが原因で介護離職になってしまうケースが多いことも理解しなければいけません。」(同)

「介護離職」という言葉が広く認識されるようになったきっかけは、「ニッポン一億総活躍プラン」の中の新三本の矢として「介護離職ゼロ」が提唱されたことにある。その後、閣議決定され「介護離職ゼロ」を国策として取り組むことになる。

「介護や看護のために前職を離職した15歳以上の人口が、2011年10月から2012年9月の1年間に10万人を超えたことが、その背景にあるようです。そもそも『介護離職者10万人』といわれても、それが多いのか少ないのかがわかりません。また『介護離職ゼロ』という国策は、すでに介護離職してしまった方への政策ではありません。」(和氣さん)

「介護離職に対して企業はどの程度危機感を持っているのかですが、喫緊の課題であるという実感が薄いように感じられます。企業内には『介護=離職』という考え方は根強く、その体制が充分とはいえないし理解も進んでいないように感じます。」(同)

介護離職で負担が増加する実態

仕事と介護の両立には、介護サービスの利用や、親族の協力が必要であることは言うまでもない。さらに、介護に直面する中堅管理職(40代~50代)は有給消化をすることが人事評価上マイナスになるという意識が強いので介護のために有給消化をする可能性は低い。職場の理解促進と啓蒙は喫緊の課題でもある。

「なぜ介護離職をしたのか話を聞くと様々な理由があがってきます。多いのが『出社・退社の時間を自分の都合で変えることができないため』『労働時間が長かったため』など、時間の融通です。その一方で『介護の理解が得られない』『介護休業の取得が難しかった』というケースも多いようです。」(和氣さん)

「また、離職を考えるまえに収入源が絶たれることのリスクを考えなければいけません。介護に直面すると冷静さを失ってしまいます。再就職の難しさも理解しないといけません。介護離職のうち再就職できるのは1/4程度ともいわれているからです。」(同)

介護離職をすると実際にはどうなるのか。和氣さんは、介護離職によって負担が増加すると警鐘を鳴らしている。それは、経済面、精神面、肉体面の3つの問題である。

「経済面は会社を辞めるのでわかりやすいと思います。次に外部との接点が無くなることによる精神面の負担も増えてきます。さらに離職することで介護以外の家事などに時間がとられることで肉体面の負担が増えます。」(和氣さん)

介護は生活であることを理解する

本書は、認知症状のある母とともに生きる働く現役介護者である和氣さんが、自分の経験、介護者個人や従業員の仕事と介護の両立に取り組む企業を支援してきた経験が語られている。それは「今、必要な支援・アドバイス」「すぐにできる取組み」さらには「働く介護者と職場のあり方」という切り口などかなり実践的である。

「介護をしながら働く者は、点の情報を面の生活に織り込んで両立を図っています」と解説する和氣さん。介護をしながら働くことが当たり前の社会を作るために、経営者、企業の介護施策担当者、管理職の方に推薦したい一冊である。

尾藤克之
コラムニスト
代議士秘書、コンサルティング会社、IT系上場企業等の役員を経て現職。著書はビジネス書、実用書を中心に10冊。『あなたの文章が劇的に変わる5つの方法』(三笠書房)が発売後、1週間で重版。現在好評発売中。
個人ブログ:尾藤克之のブックルポ Twitter:@k_bito