文在寅大統領へ淡い期待を込めて

長谷川 良

韓国の文在寅大統領と北朝鮮労働党の金正恩委員長の南北首脳会談が27日、南北軍事境界線にある板門店の韓国側の「平和のハウス」で開かれる。

南北首脳の会談は2000年6月(金大中大統領・金正日総書記、平壌)、2007年10月(廬武鉉大統領・金正日総書記、平壌)に次いで今回が3回目だが、北側指導者が韓国領土に入るのは南北分断後、初めて。6月初めまでにはトランプ米大統領と金正恩委員長が歴史上初の米朝首脳会談を開くことになっている。その意味で、南北首脳会談は米朝会談の“前座”とみる向きもあるが、南北首脳会談が成功しない場合、米朝首脳会談の開催は考えられない。北の非核化を含む朝鮮半島の行方を左右する重要な首脳会談だ。韓国大統領府は、金正恩氏には国賓級ゲストのプロトコールに従って歓迎するという。

▲米韓首脳会談後の共同記者会見で(2017年11月、韓国大統領府公式サイトから)

ところで、金正恩氏は100mもない距離をどのような思いを抱きながら北側から韓国側の「平和の家」に足を踏み入れるだろうか。南北首脳会談は平昌冬季五輪大会を中心に南北間で展開された融和路線の一つの成果だが、国際社会の厳しい制裁下にある北側としては制裁緩和と経済支援の獲得への重要な一歩ともなるわけだ。韓国側の情報では、南北間で「南北非核化宣言」が表明され、南北間の融和政策推進が明記された政治文書が発表されると予想されている。

首脳会談では北の非核化問題がメインテーマだが、南北間の離散家庭再会など人道的な交流も話し合われる予定だ。人権弁護士として活躍してきた文在寅大統領にとって、南北離散家庭再会問題は個人的にも重要なテーマの一つだろう。

文大統領自身も朝鮮動乱勃発後、北から韓国側に逃げてきた家庭出身だ。文大統領は、91歳となった母親が北に残した親戚や知人と再会したいと願っていることを誰よりも知っている。

文大統領の家庭は1950年、米国の「SSメレディス・ヴィクトリー号」(Meredith Victory)に乗って韓国の巨済島に逃げてきた数多くの家庭の一人だった。その3年後に生まれた文大統領は南北の再統一をライフテーマに、最初は人権弁護士として、そして今政治家として歩んでいるわけだ。

文大統領は「米国のプレゼンスなくして南北の再統一はない」と考えている。彼は韓国の進歩的知識人に見られる反米主義者でもなく、在韓米軍の即撤退を要求してもいない。米国の朝鮮半島での役割を知っているからだ。独週刊誌シュピーゲル最新号(4月21日)は「本当のチャンス」という記事の中で「文大統領はポピュリストではない」と証言する声を紹介している。

文大統領は金正恩氏との会談で日本人拉致被害者の帰国問題にも言及し、その早急な帰国実現を要請する、と聞いた。率直に感謝し、そのメッセージが単なる政治的計算に基づいた発言ではなく、文大統領個人の心から出た発言と信じたい。家族の分裂の痛みを文大統領自身が体験し、これまで離散家庭の再会に努力してきたキャリアがあるからだ。

少し、文大統領を持ち上げ過ぎた感はあるが、朝鮮半島の行方に重要な影響を与える南北首脳会談を直前に控え、文大統領へ淡い期待を込めて書いた。
文大統領はその歴史的職分を成功裏に果たし、朝鮮半島の安定、南北再統一に貢献してほしい。それは日本の国益にも合致するからだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年4月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。