ああ、パレスチナ、パレスチナよ

イスラエルは今月、建国70年を迎えたが、パレスチナ自治区のガザ地区に拠点を置くハマス(イスラム根本主義組織)は3月30日以来、70年前のイスラエル建国で追放されたパレスチナ人難民の帰還を要求する抗議デモを呼び掛けてきた。デモ集会を取り締まるイスラエル側との衝突でガザ地区だけでも既に60人以上が死去、数千人が負傷している。犠牲者数では2014年のガザ紛争以来の規模だ。

▲ウィーン国連で掲揚されたパレスチナ国旗(2015年10月12日、ウィーンの国連広場で撮影)

ガザ地区でイスラエルの治安部隊に追われるパレスチナ人の姿が放映される。その場面を見ていて不思議に感じたことがあった。怪我した幼児を抱えて父親らしい男性が逃げ惑っている場面が映し出された時だ。抗議デモ集会にどうして幼児がいるのか。治安部隊との衝突で怪我する危険性がある場所に幼児をわざわざ連れ出してデモに参加する親がいるだろうか、という疑問だ。

オーストリア代表紙「プレッセ」の記事(5月16日付)を読んで分かった。危険な場所に幼児を連れだし、逃げ惑う場面をメディアに流すことが狙いだったからだ。親はハマスから報酬を受け取っているというのだ。

ハマスはイスラム側の壁を突破するために若者たちを集め、壁に設置された監視カメラを壊すよう、けしかける。もちろん、ここでも報酬を払う。一方、壁に近づいてきたパレスチナ人に対し、イスラエル側は警告を発する共に、必要な場合、襲撃する。壁が壊され、パレスチナのテロリストがイスラエル領内に侵入するのを防ぐための「防衛手段だ」(イスラエル側の主張)というのだ。

トルコのエルドアン大統領はイスラエルを「テロ国家」と断言し、米国とイスラエル両国に駐在する同国大使を帰国させる一方、トルコ駐在のイスラエル大使に退去を要請。その上で「イスラエル軍の大虐殺」を糾弾するためにイスラム協力機構(OIC)の緊急会議の招集を要求したばかりだ。
エルドアン大統領自身は国内のクルド人を弾圧するためにトルコ軍を出動させ、多くのクルド人を殺害してきたが、同大統領はそんなことは都合よく忘れて、パレスチナ人の保護者のように振舞う。
トルコで6月24日、大統領選と国会総選挙が前倒しで実施されるが、エルドアン大統領の最近の言動は全て選挙向けだ。パレスチナ人の権利を擁護し、OIC緊急会議を招集することで、イスラム教諸国の指導者としてのイメージ作りというわけだ。

アラブ諸国は過去、パレスチナ側に被害が出るとイスラエルを激しく批判してきた。アラブ連盟の大使級会合が16日、エジプトのカイロで開催された。そこでは米国大使館のエルサレム移転への批判と共に、パレスチナへの支援継続で一致したが、加盟国の対イスラエル政策には明らかに温度差がある。

サウジのムハンマド・ビン・サルマーン皇太子は米国のトランプ政権から支援を受けるイスラエルへの批判を避け出してきた。イスラエルがシリアのイラン軍基地を攻撃した時には密かに歓迎するなど、スンニ派の盟主サウジの第一の敵はもはやイスラエルではなく、シーア大国イランだからだ。また、エジプトとハマスとの関係もここにきて冷えてきている。

中東・北アフリカ諸国で“アラブの春”(民主化運動)が勃発して以来、汎アラブ主義は後退し、アラブ諸国ではパレスチナ問題への関心が薄れてきた。外交的にはパレスチナ人の権利を擁護するが、パレスチナ人のために国益を無視しても支援するアラブ諸国は少なくなってきた。全ては“自国ファースト”だ。

イスラエルとパレスチナは2国家共存で一致していたが、国家建設で不可欠な国境線の設定の見通しはない。エルサレムの地位問題、難民帰還問題、入植地問題、イスラエルの安全保障問題など主要課題は未解決だ。トランプ大統領が今月14日にエルサレムに米国大使館を移転させたことで、「米国は中東問題の中立的調停役の立場から離れた」(アッバス議長)と受け取られている。

世界最大の収容所と呼ばれるガザ地区に住むパレスチナ人は未来への希望はなく、自由に移動する権利すら奪われている。多くのアラブ諸国はパレスチナ問題をイスラエル批判の武器として利用するだけだ。パレスチナの中でもハマスと自治政府のアッバス議長らファタハとの間で権力争いが絶えない。ああ、パレスチナ、パレスチナよ!


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年5月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。