厚労省(自殺対策白書)によれば、2016年に自殺した人は、21,897人となり、22年ぶりに22,000人を下回ったことが明らかになった。年代別では15~39歳の死因第1位は「自殺」である(40歳以上、死因1位は悪性新生物)。15~39歳の死因第1位「自殺」は、先進国では日本のみで見られる現象であることから対策が急がれる。
従来から、若者の自殺率の高さは指摘されていた。調査結果からは、若者の自殺以外に中高年の自殺も顕著であることがわかった。今回は、『企業にはびこる名ばかり産業医』(幻冬舎)を紹介したい。著者は、鈴木友紀夫さん。医師と医療機関の人材マッチングを展開する、(株)エムステージの役員でもある。
メンタルヘルス対策と産業医の役割
2000年代以降の産業保健では、過重労働と合わせて、メンタルヘルス対策も重視されるようになっている。この背景には、働き盛りの世代にうつ病や適応障害といったメンタル疾患が急増していることがある。
「事実、精神障害による労災の請求件数は、90年代後半から現在まで、ほぼ一貫して増え続けています。2016年の労災請求件数は1586件で過去最多。このうち労災と認定された件数も498件で、やはり過去最多を更新しています。以前はうつ病などのメンタル不調者は、中高年の男性に多く見られる傾向がありましたが、近年は20-30代の若い年代や女性にも発症が増えているのが特徴です。」(鈴木さん)
「メンタル不調のいちばんの問題は、電通事件のように自殺(過労自殺)という最悪の事
態につながりかねないことです。しかし、問題はそれだけに留まりません。メンタル不調は他の疾患に比べ、休職が長くなりやすい傾向があります。」(同)
厚労省のデータによれば、精神障害による休職期間は平均6ヶ月である。労働者は休職が長くなればなるほど、心理的にも経済的にも不安定な状態におかれてしまう。
「そこで労働者のメンタルヘルス対策とし2015年12月施行の労働安全衛生法の改正では、従業員50人以上の事業所に対し、年1回の『ストレスチェック』が義務付けられるようになりました。これは、従来のような労働時間管理だけでなく、精神障害の原因となるストレスの状熊を客観的に把握しようとするものです。」(鈴木さん)
「このストレスチェック実施について助言や実務を行うのも、原則としては産業医の役割です。産業医はチェックの結果、高ストレス者と判定された人に面接指導をし、メンタル不調を予防すること、また集団としての職場のストレス程度が高いときには、労働環境改善を提案することなどが求められています。」(同)
ストレスチェックの問題点について
筆者は、これまでもアゴラでストレスチェックの問題点について取上げてきた(ストレスチェックの悪魔)。一番の問題点は、ストレスチェック診断の精度が低い点にある。質問項目から診断結果がすべて予想できてしまう。罹患していてもストレスを抱えていない人になり切ってしまえば、高ストレス者として判定されることはない。
また、産業医が精神疾患に精通していない点もあげられる。社員の希望で、病気が完治していないのに早期復職を希望し復職可となるケースがある。しかし、完治していないため、再度休職し繰り返すうちに病気が治らなくなってしまう。現在、精神疾患専門の産業医が不足していることから、正しい診断をすることが難しいことも考えられる。
年間に約3万人、毎日80人弱が自らの命を絶っているという事実があり、それらを予防する目的として導入されたのがストレスチェック。未然に防止して、社員が働きやすい快適な職場づくりを目指した社会的意義の高い政策である。しかし、制度的なものを含めた課題があることは否めない。改善の余地があると考えられる。
本書では「産業保健制度の概要」と「事業所と医師の側から見た問題点」を分析・整理し、産業保健のあるべき姿を提言している。働く人の健康を守る専門家「産業医」の活躍に期待が寄せられているが、「産業医」が置かれた“光と闇”が理解できる。
尾藤克之
コラムニスト