イスラム寺院閉鎖とイマーム追放

早朝の記者会見に臨むクルツ首相(左)とシュトラーヒェ副首相 2018年6月8日、連邦首相府公式サイトから

オーストリア連邦報道局から記者会見の知らせのメールが届いた。8日午前8時にクルツ首相、シュトラーヒェ副首相、キックル内相、そしてブリューメル文化相の4人の政府首脳が顔をみせ、記者会見を行うという。記者たちは7時には記者会見が行われる連邦首相府会議広間に入ることができるというのだ。会見の時間も4人の主要閣僚の参加も異例なことだ。記者会見のテーマは「政治イスラムとの戦いにおける決定」(Entscheidungen im Kampf gegen politischen Islam)だ。

クルツ政権(中道右派「国民党」と極右政党「自由党」の連立政権)がこれまで力を入れてきた過激イスラム対策の成果、決定内容が発表されるというわけで、早朝にもかかわらず多くの記者たちが参加した。民間放送は記者会見の会場からライブで中継したほどだ。

記者会見の内容は、オーストリアで約400あるイスラム寺院のうち、政治イスラムの温床の地となっている寺院、7寺院(ウィーン1寺院)の閉鎖を決定すると共に、約260人のイマーム(イスラム教指導者)のうち、約60人が外国からの資金を受け取ることを禁止している現行「イスラム法」に違反している理由などから、滞在許可の見直し、必要ならば強制退去を要請するというものだ。自由党党首のシュトラーヒェ副首相は今回の決定について、「宗教の乱用から敬虔なイスラム教信者を守るため」と説明した。

クルツ首相は、「宗教の自由は尊い価値あるものだ。それゆえに、イスラム教徒が常に疑われるような宗教の乱用に対しては毅然と対応しなければならない」と主張している。ちなみに、2015年に施行されたイスラム法は国家と社会に対しポジティブな理解を求めている。換言すれば、キリスト教国のオーストリアの国民として、その社会規範を重視すべきだというわけだ。ブリューメル文化相は、「敬虔なイスラム教徒であることと、立派なオーストリア国民であることは矛盾しない」と強調している。

閉鎖が決定したイスラム教関連施設はウィーンではアラブ系文化共同体、それにオーバーエスターライヒ州とケルンテン州の合わせて7イスラム寺院だ。閉鎖理由は「寺院関係者のサラフィスト(厳格派)的な言動」という。イスラム法によれば、オーストリアには約30のイスラム系文化共同体が存在する。ブリューメル文化相によると、ウィーンには過激でファシズム的なトルコ系極右武装組織「灰色の狼」の影響を受けている共同体(Nizam i Alem)がある。既にオーストリアのイスラム教共同体からも認知を受けていない不法団体だ。

また、外国からの資金提供を禁止しているイスラム法に違反するケースとしては40件が調査中だ。11人のイマームに対しては滞在許可に関する調査が既に始まっている。滞在許可書を剥奪されたイマームも出ている。イマームの家族を含むと150人が調査対象だ。特に、「トルコ・イスラム文化社会援助連盟」(ATIB)は外国からの資金で運営されている。

クルツ首相は,「宗教は重要だが、イスラム教徒のパラレル社会(並行社会)、政治イスラムに対してわが国はもはや受け入れることはない」と強調。シュトラーヒェ副首相は,「宗教の衣を着て憎悪説教するイマームに対して忍耐しない」と述べ、過激な政治イスラムに対して戦いを宣言した。

予想されたことだが、トルコからオーストリア政府の“政治イスラムへの戦闘宣言”に対し厳しい反発の声が出ている。トルコ大統領府イブラヒム・カーン報道官は、「オーストリアの対応は明らかにイスラム・フォビア(イスラム憎悪)であり、民族主義的、差別政策だ」と批判した。ちなみに、トルコのエルドアン大統領は9日夜、オーストリア政府のイスラム寺院閉鎖決定に対し「十字軍戦士と(半月旗の)イスラム戦士の間の戦争をもたらすことになる」と警告を発している。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年6月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。