イエスの「聖骸布」の真偽論争再発か

2000年前のイエス・キリストの遺骸を包んでいた布といわれる「聖骸布」の真偽についてはこれまで様々な説があったが、新しい説がまた飛び出した。専門誌「法科学ジャーナル」(Journal of Forensic Sciences)に発表された英リバプール大学の研究報告によれば、「聖骸布」に付着していた血痕の流れからみてイエスの遺体を包んだ布の可能性は考えられないというのだ。

▲「トリノの聖骸布」について報じるバチカン・ニュース

「聖骸布」は1353年、フランスのリレで発見され、1453年にサヴォイ家の手に渡り、トリノに移動した後、1983年にサヴォイ家からローマ法王に所有権が引き渡されたという。現在はトリノ大司教の管理下だ。

通称「トリノの聖骸布」と呼ばれる布は縦4・35m、横1・1mのリンネルだ。その布の真偽についてはこれまでさまざな情報があり、多種多様の科学的調査が行われてきた。現時点では「その布が十字架で亡くなったイエスの遺体を包んだもの」と100%断言はできない。1520年代、「画家の偽造品」という調査結果がクレメンス7世(在位1523~34年)に報告された、という情報もあった。

1988年に実施された放射性炭素年代測定では、「トリノの聖骸布」の製造時期は1260年から1390年の間という結果が出た。すなわち、イエスの遺体を包んだ布ではなく、中世時代の布というわけだ。その後、2013年に再度詳細に調査された結果、紀元前33年頃という年代が浮かび上がった。聖骸布に映る人物を詳細に調査した学者は「手、首、足には貫通した跡があった」と説明し、「遺体は180cmの男性だった」と指摘、「トリノの聖骸布は本物」と主張している、といった具合だ。

それではリバプール大の研究結果はどうか。リバプール大学の研究者は「トリノの聖骸布」に写った男性を立体化し、その人形がイエスのように槍で刺された場合、血が体のどのような方向に流れるかを調査した。すると、聖骸布の男性の胸にみられるシミは槍で刺されたことから流れたもので、聖書が記述している内容と一致する(「ヨハネによる福音書」」第19章34節によれば、「既に亡くなっていた主の脇には槍が刺されたところから血と水が流れていた」という)。しかし、他の血痕は十字架上で掛けられた人物から流れたものとは考えられない方向に付着していた」というのだ。

心臓専門医は聖書の記述と「トリノの聖骸布」から「イエスは心筋梗塞で亡くなった。決して槍を何度も刺された結果ではなかった」と結論を下している。すなわち、イエスは既に亡くなっていたが、しばらくの間十字架にかけられたままだった。槍で刺された痕は黒くなり、濃くなった血と血清が流れ、心臓の周囲に付着したと見ている。

それに対し、「トリノの聖骸布」の研究で著名な自然科学のエマヌエラ・マリネリ教授は、「リバプール大学の研究は科学実験と呼ぶのに値するものではない。その上、研究者の一人、 ルイジ・ガラスケリ氏は2009年、イタリア日刊紙に無神論者の関連団体から財政支援を受けて研究していると告白している。聖骸布に関する多くのセンセーショナルなニュースはフェイクだ。偽情報だけで図書館一杯になる」(バチカン・ニュース・7月17日)という。

同教授によれば、有名なフェイクは1988年、放射性炭素年代測定が実施され、「トリノの聖骸布」がイエス時代のものではなく、中世時代のものと結論を出したニュースだ。リンネルの布を放射性炭素で年代測定することは難しい。保存剤に漬けられたリンネルを測定しても間違った年代を測量するだけだ。ロウソクや人々の手が触ったりしているから、聖骸布のような歴史的なリンネルの正確な年代測定には放射性炭素測定は向いていないという。

同教授は、「トリノの聖骸布の真偽論争では慌てず冷静に対応すべきだ。聖骸布がイエスの遺体が包まれていた布でなかったとしても、カトリック教徒にとって大きな問題はない。カトリック教徒の信仰はトリノの聖骸布に基づいているものではないからだ、一方、無神論者にとって、トリノの聖骸布が正しければ、それこそこれまでの全ての考え方や生き方を修正しなければならなくなる」という。

「トリノの聖骸布」は西暦2000年の大聖年に初めて公開された後、10年5月に再び一般公開された。当時のローマ法王べネディクト16世はトリノに足を運び、観賞している。その後、15年にも一般公開された。世界から数百万人の信者たちがイエスの遺体を包んだ布を一目見ようとトリノ市に足を運んだ。信仰は目に見えるものを土台とはしないが、多くの人はイエスの実態をできれば可視的に目撃したいという否定しがたい願望をもっている。「トリノの聖骸布」の真偽論争が飛び出すのは、信者たちのそのような願望があるからだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年7月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。