トランプ大統領とユンケル欧州委員会委員長の「ディール」を通じて、トランプ大統領による諸外国への関税攻勢の本質の輪郭が明確になってきました。
リベラルなメディアや有識者は「共和党支持者が保護主義になった」と騒いでいますが、これはトランプ関税の背景を理解していない言論であり、現在米国で起きている政治状況をミスリードして日本に伝えています。本稿では、下記「トランプ関税」の狙いを大まかに整理して伝えていきます。
最初に理解するべきことは、同じ「関税」という手段であっても相手先・内容に応じて全く異なる目的によって行われていることを確認すべきです。そして、「関税」という一つの事象をどの角度から見るかによって「選挙目的」「覇権目的」「保護主義」などの見方が変わります。多くの人たちはたまたま自分が見た角度から「トランプ関税」を説明するので見解がバラけるのであり、その全てが正解であり不十分な回答となっています。
まず、3月に実行された鉄鋼・アルミに関する追加関税は、昨年から周到に準備された上で実行された政策です。この関税の目的は「選挙目的」「産業保護」の両方の意図が働いています。トランプは上院改選州に含まれるラストベルトでの集票活動を重視しており、また通商関係の重要ポストは共和党側に通じた鉄鋼ロビーが占めています。そのため、本関税は昨年から大統領令や大統領覚書で安全保障の観点から調査指示が出された上に、2月の商務省の報告を受けて実行に移されるほどの念の入れようとなっています。本件についてはトランプ・共和党・業界団体がある程度コンセンサスがある形と言えるでしょう。
また、米中の貿易戦争については、巨額の関税の応酬の目的は「選挙目的」「安全保障」の2つの側面から行われています。現在、共和党・民主党ともに11月の中間選挙に向けて自陣営の支持者を動員する作業を進めています。基本的に国内争点は経済に関するもの以外はトランプの個人的スキャンダルも含めて状況が苦しく、トランプは共和党支持者の関心が高い「安全保障」問題を盛り上げて世間の目を外に向ける必要があります。
一方、共和党議員たちは高まる中国の軍事的脅威、特に軍事に転用されるハイテク分野への警戒心を高めており、中国による知財強制移転や技術窃盗などを兼ねてから問題視してきました。その結果として、トランプ大統領も中国の不公正な貿易慣行や知的財産権の扱いに関する問題について昨年に大統領令で調査を指示しています。そのため、中国からの農業への対抗関税を気にする声はありますが、トランプ・共和党側の双方の目的は「選挙目的」「安全保障」の呉越同舟ではあるものの、対中国の観点から両者の方向性が一致して進められています。
ただし、共和党側が気にする安全保障面の対抗措置は個別の中国企業などへの買収防止・制裁措置でもある程度目的達成できるため、関税を使った交渉はマストではありません。(共和党の支持基盤はエネルギー産業であり、対中貿易戦争の号砲が1月にソーラーパネルへのセーフガードという形で始められたことは印象的でした。)
最後に、自動車に対する追加関税に関してですが、これは昨年に弾込めされていた一通りの貿易戦争のネタが出尽くした後に、今年5月にトランプ大統領が口頭で商務省に調査を指示したものになります。主なターゲットが欧州・日本などの同盟国になるため、トランプが主張する安全保障上の懸念に対して共和党側が必要性を疑問視しており、自動車業界の関係者も関税政策を支持していません。
この関税については、政治的な後ろ盾も必然性も弱いため、トランプによって欧州・日本との貿易交渉の材料として発案された可能性が高く、その実効性に疑問符はついていました。(一部のハイブリット関連の技術などは軍事的に注目されてきていることもあり、無理やり何らかのイチャモンをつけることはまだあるかもしれません。)
以上のように同じ関税と言っても、相手先・内容によって全く趣旨が異なるものであり、それらを一つの見方で同じように解釈すること自体に無理があります。そのため、トランプ政権に関しては、その一挙手一投足に関して一つ一つ丁寧にその政治背景を洗い出して理解していくことが重要です。トランプの行動に関して感情的に煽り立てるだけでなく、冷静な視点を持って分析を加える報道が必要です。
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