子どもの誤解を招く?教科書における議院内閣制と三権分立 --- 蒔田 純

「三権分立」は政治の基本原理として誰もが学校で習った記憶があるだろう。「一つの機関に権力が集中し、それが濫用されることを防ぐ」という三権分立の考え方自体は、非常に尊く、民主政治において重視されるべきものであることは疑いない。しかし、それに重きを置く度合いについては、それぞれの制度によって異なってこざるを得ない。

国の基本的な統治機構、特に、執政府(行政府)をいかに生み出すか、といった点に関する政治制度は、議院内閣制と大統領制の二つに大きく分けられる。このうち、大統領制については、行政府である大統領と立法府である議会がそれぞれ独立して国民から選ばれ、大統領の存立は議会の信任に基づくことがなく、大統領・閣僚と議会の議員は兼職が禁じられる、といった具合に、行政権と立法権は明確に分立している。まさに、権力分立を体現した制度であると言える。

これに対して、議院内閣制は、行政府である内閣は立法府である議会の中から生まれ、内閣の存立は議会の信任に基づき、首相および閣僚の大半は議会の議員を兼職する、といった点で、行政権と立法権は分立してはいない。むしろ、両者は融合しているのである。

議院内閣制は行政権と立法権の分立ではなく、融合を志向する制度である、というこのような考え方は、現代政治学においてごく一般的である。大学の政治学の授業で用いられるような概説書においても、殆どのもので、このような趣旨の記述を見ることができる。

例えば、東大総長や日本政治学会理事長を務めた佐々木毅・東大名誉教授の「政治学講義[第2版]」(2012年、東京大学出版会)では、「議会制(議院内閣制)は権力分割モデルの端的な否定の上に成り立つ(p.167)」と明言しているし、執政府・議会研究の第一人者である川人貞史・帝京大学教授の「議院内閣制」(2015年、東京大学出版会)では、「議院内閣制は、従来一般に…権力の融合を意味している(p.19)」としている。

しかしながら、このような政治学における一般的な考え方は、なぜか小中学校における教育には浸透していない。現在、議院内閣制も三権分立も、小中学校で使われている全ての教科書会社の教科書(小学校社会科4社、中学校社会科公民的分野7社)において記述が為されているが、その殆どは、議院内閣制と三権分立をそれぞれ別の項目で説明し、双方とも我が国の政治において中核的な役割を果たしている、といった具合の書きぶりとなっている。

例えば、最もよく使われている東京書籍の中学校公民の教科書では、「行政の仕組みと内閣」の項目(p.89)において、我が国では議院内閣制を採用していることが言及され、その11ページ後(p.100)の「三権と抑制と均衡」の項目において、我が国は三権をそれぞれ別の機関が担当するという意味での三権分立を採っていることに触れられている。

これは決して間違いではないが、上記のような政治学的な考え方に鑑みると、誤解を与えかねない記述の仕方である。議院内閣制と権力分立の関係性に言及しないこのような教科書の書きぶりからでは、「議院内閣制と三権分立の双方を我が国が採用している」=「議院内閣制は権力分立(立法権と行政権の分立)の制度である」と生徒が理解してしまう可能性が高い。

政治制度は、それぞれ重きを置く価値が異なり、それら違った価値を体現しようとするからこそ基本的な仕組みに相違が生じるのである。権力分立は確かに重要な価値であるが、それは決して絶対的なものではなく、異なる価値に重きを置いた制度も当然、考え得る。議院内閣制は立法と行政の分立よりも、両者を融合させることによって、執政府が立法行政における強力な主導力を手にすることを志向した制度であり、この点で、権力分立を志向する大統領制とは明確に重きを置く価値が異なるのである。

18歳選挙権によって政治の在り方を若者に正しく伝えていく必要性がますます高まる中、学校教科書においても、一段の工夫が求められているのではないか。

蒔田 純(まきた・じゅん)弘前大学教育学部 専任講師

1977年生。政策研究大学院大学博士課程修了。博士(政策研究)。衆議院議員政策担当秘書、総務大臣秘書官、新経済連盟スタッフ等を経て現職。北海道厚沢部町地方創生アドバイザー。jun.makita.jun@gmail.com