翁長雄志前知事の急死に伴う沖縄県知事選は、自民党県連から出馬要請を受けていた佐喜真淳・宜野湾市長が14日、正式に出馬表明した。前知事が率いた「オール沖縄」勢力の後継候補選びは、有力視されていた城間幹子・那覇市長が市政続投の意思を示したことで振り出しに戻ったが、ここ数日、沖縄知事選に関するネット上の反応をみていると、オール沖縄を支持する人たちの間では、沖縄出身の歌手、安室奈美恵さんになんらかの関与を期待する向きが強まっているようだ。
安室さんは昨年9月に、今年9月16日をもって歌手活動から引退する意向を表明。5月23日には、長年の功績をたたえた沖縄県からは県民栄誉賞を贈られ、表彰式には、死去3か月前の翁長知事も出席して「デビューから25年にわたる輝かしい活躍は、県民に大きな夢と感動を与えた」とねぎらった。そうした経緯から、翁長氏の訃報に際して安室さんは公式サイトでコメントを発表した。
ところが、このコメントのある部分が、妙にクローズアップされてしまったようだ(太字は筆者)。
沖縄の事を考え、沖縄の為に尽くしてこられた翁長知事のご遺志がこの先も受け継がれ、
これからも多くの人に愛される沖縄であることを願っております。
翁長氏の支持者らは、コメントに「知事の意志」の継承とあったものだから、安室さんが、真意では、翁長県政を支持していて、次期県政にも路線を継続する人を望んでいるかのように受け取ってしまったようだ。
もちろん、安室さんは政治的な意図を明確に示しているわけではないが、引退までの1か月限定で、選挙戦序盤にさしかかるまでの間に観光ブランドのプロモーションに無償協力し、そのポスターのメッセージ「ぬちぐすいの島はいつだってあなたをあたたかく迎える」を自ら選んだことが何か示唆していると受け取ったのか、オール沖縄支持者を色めき立たせている。
さらには、ブロゴスに掲載された渡邉裕二氏の記事『安室奈美恵と翁長雄志前知事が演出した沖縄知事選』も「憶測」を広げたことにつながったようだ。
渡邉氏は芸能ジャーナリストだが、知事選の事情に通じた現地の情報源をそれなりに取材して選挙本番への展望を試みている。オール沖縄関係者のこれまでの動向と安室さんを結びつけるあたりは、芸能記者らしい視点ともいえるが、ご本人の政治的価値観(反安倍政権?)を投影しているのか、「弔い合戦ムードでの翁長後継候補の圧勝」という事情通のコメントで締めくくるかたちで煽っている。
しかし、もちろんこの記事のどこを読んでも安室さんが特定の政治勢力に肩入れした明確なエビデンスがあるわけではなく、地元関係者の期待まじりの憶測コメントを紹介しているくらいだ。結局、記事のスタンスとしてはこの一文に集約される。
「安室が知事選に加担しているというつもりはないが、安室側がそれなりの便宜を図っていることも否定できない」
記事で取り上げた本人がコメントしていないなかで、読み物に面白みをもたせるために、憶測コメントをつなげていくのは、一昔前の週刊誌ジャーナリズムでみられた手法だが、さすがに苦しいのではないか。
さらに「悪のり」しているのは東京新聞だ。佐藤正明氏の「真夏の夜の夢」と題した風刺画で、安室さんが引退直後に知事選に出馬するかのようなシーンを描きだしている。
もちろん風刺画であるからブラックジョークの意図も込めているのかもしれないが、オール沖縄や東京新聞の読者層に多い左派の人たちの間の「潜在意識」を表出させているのであれば、ちょっと冗談が過ぎるだろう。
驚いたことに、選挙の専門家を名乗る人間の中でも「安室ちゃん出馬」を本気で期待する輩もいるようだが、選挙のエンタメ化しか考えていないように見える。
沖縄本島の2割近くを占める米軍基地の問題、産業育成、雇用問題、インフラ整備、離島振興、全国最下位が続く中学生の学力底上げをはじめとする人材育成の問題など、沖縄県知事が直面する課題は、仮に次の知事が、翁長路線を踏襲しようがしまいが、それは程度の差であって、47都道府県のなかでも際立って政治的事情が複雑で、執政することに大変な状況にあるのは変わりはない。まずはこの選挙戦を通じて、2020年代の沖縄をどうするのか、きちんとした政策論争をすべき段階ではないか。
仮に安室さんが選挙に出馬したり、あるいは一人の有権者として特定候補者を明確に応援したりするのであれば、それは自由なことだし、有権者が最後に判断することだ。
しかし、本人が政治的なことについては明言してないなかで、ジョークであったにせよ、勝手に名前を使われたり、引退間際に妙な政治的憶測を流されたりしたりとすれば、迷惑な話ではないだろうか。
安室さんが芸能界でスターダムに駆け上がった90年代に青春期を過ごしたアラフォー世代の一人として、稀代のアーティストの終幕を下世話な噂話に汚されるのは見るに堪えない。無用な「政治利用」は辞めていただきたいものだ。