森喜朗元総理が安倍総理に提起したサマータイム導入は、時間を繰り上げるという単純な問題ではない。日本の国民生活全体に多大な影響が出るものであり、コストもかかることが想定されることから産業界とりわけ金融界や教育・学校関係者による幅広い議論が必須であることを忘れてはならない。
そもそもサマータイムは緯度の高い欧米では日照時間を有効に利用し節電効果を図ったり、早く帰宅して少しでも日光浴をしたいという国民の需要に答えたものであると思われるが、北欧のように日照時間が少ないのと違い日本の場合はそうした必要性がまずないことと、何よりも韓国が2010年にサマータイム導入に向けて準備したものの、労働時間が長期化する可能性から実施に至らなかったことは隣国の経験として一考に値する。
また、マッカーサー率いる米国による日本統治下の1948-1951年日本でもサマータイムが実施されたことがあるが、国民の不評から法律も廃止された経緯があることも忘れてはならない。さらに、ロシアが30年間にわたり続いたサマータイムを、季節ごとの時間設定は体調に悪影響を及ぼし病気の原因になることと省エネの効果はほとんどないとの理由で2011年に廃止されたことは記憶に新しい。
森元総理はオリンピックを成功させるための一つの手段として考えておられるようだが、サマータイムが導入されると会社や工場の就業時間が1~3時間早くなり、学校が夏休みでもクラブ活動や補講時間が早くなり、銀行や郵便局も開店時間が早まることになる。完全にシステムで作動している銀行や工場などはコンピューターシステムの変更を余儀なくされ、オリンピック・パラリンピック期間中の約2か月だけちょっと時間を繰り上げるという簡単な問題ではなく、国民生活や生活基盤、経済全体にも影響が出るのは必須である。
現在、国連加盟国は193か国あるが、このうちサマータイム(アメリカの場合はDSTと呼んでいる)実施国は60数か国あると言われており、北米とヨーロッパが中心で、アメリカでも常夏のハワイ州やアリゾナ州では実施されていない。
最近では、東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故後に電力不足となるのでサマータイム導入による効果を電力中央研究所と産業技術総合研究所が試算し公表もされているが、いずれも家庭と業務を合計した最大電力需要の引き下げ効果は期待できないという結果がでている。
つまり、今回のサマータイム導入は東京オリンピック2020の運営を無事に実施するための酷暑対策であり、国民の中にその成功を祈らない人はいないだろうが、果たして国民を巻き込んでまで国家戦略としてサマータイムを導入する必要性があるのか?
各界の活発な議論を待たなければならず、国民投票を実施するに値する国民的な課題であり、国会に任せておけば済む問題ではないことを国民の皆様に提起したい。
鈴木 嘉(すずき・よしみ)建設会社勤務
1962年生まれ。1985年、立教大学卒業後、富士銀行(現みずほ銀行)入社。プライベートバンキング部長代理などを歴任後、外資系保険会社、保険代理店を経て現職。