金正恩氏よ「ノーベル平和賞」を狙え

長谷川 良

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は19日、平壌の百花園迎賓館で韓国の文在寅大統領と共に「平壌共同宣言」に署名したが、その直後の記者会見で「朝鮮半島を核兵器と核脅威がない平和の地にしたい」と述べた。

朝鮮半島の非核化を北の指導者が口に出したのは初めてだ。文大統領が金正恩氏の発言を高く評価したことは言うまでもないが、それを外電で知ったトランプ米大統領も「非常に興奮した」という。

▲平壌での歓迎バンケット風景(2018年9月18日 韓国大統領府公式サイトから)

当方はその発言内容を聞いた時、バラク・オバマ米大統領(当時)が2009年4月5日、チェコの首都プラハで核兵器の廃絶を訴えた、あの「プラハ演説」を思い出した。

金正恩氏とオバマ大統領の発言には格調の差こそあるものの、内容は同じだ。核兵器の廃絶だ。オバマ氏は、「核兵器を使用した唯一の核保有国として行動する道義的責任がある」と強調し、米国が先頭に立ち、核兵器のない世界の平和と安全を追求する決意を強調した。オバマ氏はその年10月9日、「プラハ演説」が高く評価され、ノーベル平和賞を受賞した。オバマ氏は当時、大統領就任直後であり、何もまだ具体的な政策を実行に移したわけではなかったが、やはり時の勢いがあったのだろう。同氏はノーベル平和賞を獲得した。

それでは金正恩氏はどうだろうか。「何が」って、ノーベル平和賞の話だ。金正恩氏はオバマ氏と同様にノーベル平和賞を受賞できるだろうか。オバマ氏と金正恩氏を同列に置いて比較することは多分間違っているだろうが、発言内容は同じであり、世界の注目度も両者にはある。

北朝鮮の非核化は単に朝鮮半島の平和だけではなく、世界の平和に繋がるテーマだ。金正恩氏はその鍵を握る指導者だ。そして今回、国際社会に向かって非核化について初めて具体的に語ったのだ。当時のオバマ氏にも負けないインパクトがあるはずだ。

金正恩氏の発言の中で注目すべき点は、北の核関連施設が集中する寧辺核関連施設を永久的に破棄する用意があると申し出たことだ。「米国が米朝共同声明の精神に基づき、相応の措置を取れば」という条件は付いているが、画期的な申し出だ。

もちろん、それは十分ではない。北は依然、何基の核兵器を保有しているかを明らかにしていない。また、既成の核兵器の放棄すら語っていない。厳密にいえば、北の非核化はまだ一歩も前進していない。史上初の米朝首脳会談後、北の非核化の遅れにイライラしてきたトランプ大統領を念頭に置いて、金正恩氏は非核化で少し前進的な発言をしてリップサービスをしただけかもしれない。多分、そうだろう。

オバマ氏には当時、勢いがあった。黒人初の米大統領であり、弁護士出身で演説はうまい。一方、金正恩氏はどうか。3代目の世襲独裁者であり、親族関係者の処刑も躊躇しない凶暴性を隠さない。国際社会の反対にもかかわらず、核兵器を保有し、これまで6回の核実験を実施し、核保有国を宣言した。そのキャリアから判断すれば、金正恩氏は平和賞候補の資格は皆無に等しいことは一目瞭然だが、金正恩氏にはまだチャンスがある。

核保有後、核兵器を完全に破棄すれば大きな実績だ。南アフリカに次いで2番目の国家となる。ひょっとしたら、金正恩氏の実績の方がドラマチックかもしれない。南アは民主国家だが、北は独裁国家だ。その指導者が自主的に核兵器を破棄したとすれば、ノーベル平和賞級の実績として称えられても可笑しくないはずだ。

少々、金正恩氏を持ち上げ過ぎたかもしれない。
独裁国家とはいえ、金正恩氏は世襲でそれを引継いただけだ。同氏はまだ若いし、その手は故金日成主席、故金正日総書記ほどには血に染まってはいない。今なら独裁国家から決別できる。北を経済大国にする時間もあるはずだ。

最後に、米CNNに倣ってファクトチェックをしたい。オバマ氏は「プラン演説」で世界を感動させ、期待を持たせたが、2期8年間で彼はそれを実現しただろうか。残念ながら実現できずに終わった。そればかりか、オバマ政権下で何度も未臨界核実験が行われた。核爆発こそ避けたが、核兵器の近代化のために多くの実験を許可した。最初に人を感動さえ、期待させた分、その失望はやはり大きい。

一方、金正恩氏にはオバマ氏のようになってほしくはない。核廃絶を表明した以上、朝鮮半島を非核化エリアにしてほしい。それが実現できれば、オスロのノーベル平和賞委員会も過去の独裁政治云々も忘れ、“未来志向”となって本当にノーベル平和賞を金正恩氏に与えるかもしれない。取り巻く条件が厳しければ厳しいほと、それを克服した暁には栄光が待っている。金正恩氏よ、ノーベル平和賞を目指せ。

少し遅くなったが、以上は、当方の「真夏の夜の夢」だ。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年9月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。