独連邦憲法擁護庁(BfV)のハンス・ゲオルグ・マーセン長官が18日、更迭された。ここまでは予想されたことだが、次のニュースには少し驚かされた。更迭されたマーセン長官はゼーホーファー内相のもとで内務次官に就任するというのだ。
独メディアの中では「これでは更迭とはいえない。マーセン長官の給料はきっと長官時代より多い」と茶化す。国家公務員としては2段階昇進した給料が手に入る。だから、更迭というより、昇進だ。
マーセン長官の異例人事について少し説明する。
ことは先月26日から27日にかけてドイツ東部ザクセン州の第3の都市、ケムニッツ市で35歳のドイツ人男性が2人の難民(イラク出身とシリア出身)にナイフで殺害されたことから始まった。極右過激派、ネオナチ、フーリガンが外国人、難民・移民排斥を訴え、路上で外国人を襲撃。それを批判する極左グループと衝突し今月1日には18人が負傷した。
メルケル首相はその直後、「法治国家で路上で難民や外国人が襲撃されることは絶対に許されない」と極右グループの蛮行を厳しく批判した。そこまでは問題なかったが、マーセン長官が今月7日、日刊紙ビルトで「ケムニッツ市の暴動を撮影したビデオを分析した結果、極右派が外国人や難民を襲撃した確かな証拠は見つからなかった」と述べ、極右派が難民を襲撃しているところを映したビデオに対して「信頼性に疑いがある」と言ってしまったのだ。
事件当日、「極右派が外国人や難民を襲撃した」、「一部でリンチが行われた」といった情報がメディアに流れたが、長官の発言はそれを否定するか、疑いを投じたわけだ。
ゼーホーファー内相はマーセン長官を呼び、事件の真相を問いただす一方、メルケル大連立政権の社会民主党(SPD)からは「マーセン長官は極右グループを擁護している」として、長官の辞任を要求するなど、マーセン長官の発言は“政権の危機”にまで発展していった。
そこでメルケル首相(「キリスト教民主同盟」CDU党首)、ゼーホーファー内相(「キリスト教社会同盟」CSU)、アンドレア・ナーレスSPD党首の3首脳が会議し、マーセン長官の処遇について話し合った。その結果、長官の更迭と昇進が同時に決定したというわけだ。換言すれば、3者はメンツを維持するため妥協したわけだ。
マーセン長官自身は、「私はビデオを見た感想を述べただけに過ぎない」と発言トーンを修正し、理解を求めたが、ことは既に遅すぎた。
ところで、マーセン長官は1991年、内務省入りしたが、そこで2人の友人と出会った。一人はゲハルド・シンドラー氏で後日ドイツ連邦情報局(BND)長官となった。もう一人はディエター・ロマン氏で2012年にドイツ連邦警察長官に抜擢された。同時期にマーセン氏はBfV長官に就任した。
ドイツの国内外の治安を担当した3人組の中で、シンドラー長官は、米国家安全保障局(NSA)が2013年10月のメルケル独首相の携帯電話を盗聴していたことが発覚して、責任を取って解任された。そして今回、問題発言でマーセン長官はBfV長官を更迭されたわけだ。3人組は当初から、メルケル首相の難民歓迎政策について「ドイツの治安を危なくする」として批判的だった。
なお、マーセン長官の内務次官人事については、内務次官ポストを譲るSPD側から強い反発の声が出ている。メディアには「マーセン長官は極右政党『ドイツのための選択肢』(AfD)に近い」という批判まで飛び出してきた。
情報機関関係者は通常、口が堅く、メディアに登場することは滅多にない。政治の舞台裏で情報を集め、スパイ工作をするのが役割だ。マーセン長官の場合は例外で、メディアに頻繁に登場し、インタビューによく応じてきた。簡単に言えば、“お喋りスパイ”だった。今回の更迭劇はその発言が問題となったわけだ。口は災いのもとを実証してしまった。
蛇足だが、マーセン氏の奥さんは日本人女性だ。マーセン氏は日本が大好きで、時間があれば日本を訪問する親日派だ。ドイツのスパイ機関トップの奥さんが日本人女性だった、という事実は余り知られていない。メディアとのインタビューが好きだったマーセン氏だが、私生活では口が堅かったわけだ。どのような縁から結婚されたかは知らないが、マーセン長官が訪日した時、今の奥さんと知り合ったという。
いずれにしても、マーセン氏本人は分からないが、奥さんは主人がスパイ活動担当のトップの座から降りて内務次官に転任したことを内心喜んでいるかもしれない。内務次官になって給料が約3000ユーロ増えるのだ。
編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年9月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。