バチカンに中国スパイ工作の手が

長谷川 良

世界に13億人以上の信者を有するローマ・カトリック教会の総本山バチカン法王庁で3日、世界司教会議(Bishopssynod)が開幕する。日程は今月28日まで。世界各地の教会が直面している諸問題への対応、将来の教会の在り方や若い世代の役割などについて話し合われる。聖職者による未成年者への性的虐待問題も大きなテーマとなるだろう。その意味で、世界司教会議の行方が注目される。フランシスコ法王も同席し、司教たちと意見の交流を行う。

▲世界司教会議を紹介するバチカンの記者会見(バチカン・ニュース独語電子版10月1日から)

バチカン・ニュースが1日報道したところによると、中国から2人の司教(Yang Xaoting 司教と Guo Jincai司教)が同会議に参加する。バチカンと中国共産党政権が9月22日、司教の任命権問題で暫定合意実現したことを受け、中国当局の任命した司教たちがローマ・カトリック教会の奥の院に入ることができるわけだ。バチカン側は暫定合意の成果と歓迎している。

しかし、問題はそれほど簡単ではない。中国共産党政権が創設した聖職者官製組織「愛国協会」が任命した司教たちはローマ法王に忠誠である前に共産党政権の路線に忠実で、国家への愛国心が求められている。そのような司教たちが今後、バチカンが開催する主要会議に参加するわけだ。

フランシスコ法王は、「愛国協会の司教とローマに忠実な司教の間で中国教会はこれまで2分化してきたが、今回の暫定合意によって中国のカトリック教会が統合できるチャンスだ」と強調しているが、そうとばかりはいえない。

香港カトリック教会の最高指導者を退位した陳日君枢機卿は、「中国政府はバチカンとの対話には関心がない」と警告を発している。バチカンに中国共産党政権の意向を担った司教たちが入り込むことができるようになれば、中国側の統一戦線工作が一層強化されることは疑いない。換言すれば、中国共産党政権の「愛国協会」に任命された司教たちは中国側のスパイ工作員といえるわけだ(「『中国共産党』と『中国』は全く別だ!」2018年9月9日参考)。

バチカンには世界の情報が集まる。世界教会に派遣されている聖職者から送られてくる情報は単に牧会上の情報だけではなく、政治・経済、社会・文化情報など多種多様に及ぶ。情報の宝庫といわれるバチカンに中国共産党政権は今回の暫定合意を通じてアクセスができたわけだ。

オーストリア代表紙プレッセに1日寄稿したAlexander Goerlach(独著作家、ケンブリッジ大学「宗教・国際問題研究所」の上級研究教授)は、「暫定合意交渉の勝利者は中国側だ。バチカン側が手にしたものはほとんどない」と指摘している。実際、バチカンは今回、暫定合意に基づき、「愛国協会」が任命した7人の司教たちを正式に承認した。その1人の司教が今回、司教会議に参加する。

中国共産党政権との暫定合意への評価では教会内で意見が分裂している。特に、中国国内で中国共産党政権からの弾圧を受けている地下教会の信者たちの間には、「われわれはローマ法王から見捨てられた」と受け取る声が聞かれる。

フランシスコ法王は中国の地下教会の動揺を防ぐために前法王ベネディクト16世に倣い「中国の信者宛ての書簡」を送り、説得している。曰く「中国教会の統合こそが神の願いだ」という。

バチカンは常に「信教の自由」を主張するが、バチカンは過去、頻繁に「信教の自由」を蹂躙してきた。「真理を独占している」という自負心もあって、新しい宗教運動をすぐにカルトとレッテルを貼って誹謗してきたのはバチカンだった。中国共産党政権との暫定合意でもそうだ。中国では今、キリスト教会が破壊され、チベット仏教徒が迫害され、イスラム教徒が弾圧されている。その中国共産党政権の宗教弾圧に対し、バチカンは目を瞑って、司教任命権という教会の問題にだけ専心しているわけだ。バチカンの主張してきた「信教の自由」はどこにいったのか。

Goerlach氏は、「バチカンは過去、独裁者(ナチス・ドイツ政権)や横暴者(イタリアのファシスト)との交流でいつも失敗を繰り返してきた。バチカンが過去の失敗から学んだと期待していたが、中国共産党政権との今回の交渉をみると、バチカンは何も学んでいないことが明らかだ」と辛らつに述べている。

ちなみに、バチカン・ニュースによると、フランシスコ法王は、「世界のカトリック信者は日々、厳しい困難に直面している教会を守るために聖母マリアの前に教会を分裂させる悪魔との戦いに勝利できるようだ祈ってほしい」と述べている。

フランシスコ法王は昨年、カトリック信者に対し、「悪魔と如何なるコンタクトも避けるべきだ。サタンと会話を交わすべきではない。彼は非常に知性的であり、レトリックに長け、卓越した存在だ」と異例の警告を発していたが、今回は信者たちに悪魔との戦いに勝利できるように援助の祈りを求めたわけだ。多発する聖職者の性犯罪の背後に、教会を破壊しようとする悪魔の業があると受け取っているからだろう(「ローマ法王『悪魔は君より頭がいい』」2017年12月15日参考)。

ちなみに、「悪魔」にはさまざまな呼称がある、一般に「サタン」と呼ばれ、ヘブライ語で「敵」を意味する。ギリシャ語の「Diabolos」は紛争の種を植え、全てを分裂させる者を意味し、聖書では「誘惑者」、「偽りの父」、光の天使を意味し、人を惑わす大天使「ルシファー」、といった具合だ。フランシスコ法王は9月11日の朝のミサで悪魔を「大弾劾者」と呼んでいる。

ローマ法王のための国際祈祷網を指導しているイエズス会のフェデリック・フォルノス神父は、「現在の教会は聖職者の性犯罪、良心の蹂躙に直面し、教会の内部分裂を迎えている。悪魔にとって絶好のチャンスだ」という。

聖職者の未成年者への性的虐待事件の背後にはフランシスコ法王が懸念するように「悪魔」の暗躍が感じられるが、中国共産党政権から派遣された「愛国協会」所属の司教たちが今後、バチカンの重要会議に参加することにも警戒が必要だろう。「悪魔」は天使の衣を着て笑顔を振りまきながら登場してくるからだ。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年10月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。