「自分らしく生きたい」という言葉を耳にすることが少なくありません。所属する組織や社会において常識とされるような生き方をするのではなく、自分らしい生き方を模索したいと願う人は多いはずです。他者が作り上げた常識に囚われて生きていくのでは、自分自身の人生を満喫できないという危機感からの言葉だといってよいでしょう。
しかし、ここで踏みとどまるのではなく、敢えてもう一歩進めて考えてみましょう。
「自分らしく」といったときの「自分」とは、いかなる存在なのでしょうか?
自分自身の中に括弧たる自我が存在し、その自我の命ずるままに生きていけばよいのだといえるかもしれません。しかし、よく考えてみると、そう簡単な話ではありません。幼稚園児であった頃の自分と、現在の自分は、紛れもない同一人物ですが、その思想や信条は大きく異なっているはずです。戦隊シリーズに憧れ、出来ればヒーローになりたいと願っていた幼稚園児の頃の夢を抱き続けているという人は少ないはずです。
何故なら、人間は日々成長する存在であり、そうした成長に伴って、自分自身の思想や信条も少しずつ変化していくものだからです。容易に動くことのない確固たる自我を想定するよりも、時の経過とともに成長していく自分自身が存在すると考えた方が、現実に適しているように思います。
「自分らしさ」や「個性」とは、生まれ持った天性の才能のようなものではなく、自分自身が長い人生をかけて作り上げていくものではないでしょうか。様々な経験を通じて人間は、驚き、感動しながら生きています。ある時には、裏切られ、心の底から悔しい思いをすることもあるでしょう。こうした一つ一つの経験が重なりあった結果として「自分」というものが作り上げられていくのではないでしょうか。
そうした感動の経験の一つが読書であると私は信じています。波乱万丈の生涯を生きる人は、自分自身の経験だけで自らの思想的な軸を作り上げていくことが出来ると思います。しかし、多くの人は、そこまで劇的な人生をおくれるわけではありません。しかし、本を読むことによって様々な人の生きざまから学ぶことが出来ます。詳細は本文に譲りますが、読書とは他者の経験、思想を学ぶことによって、自らを成長させていくための手段に他なりません。
本書は熟慮の末、『流されない読書』としました。人間は成長していくのですから、変化はします。変化そのものを拒絶してしまえば、成長がなくなってしまうでしょう。しかし、安易に他者に流され、右顧左眄するような生き方では面白くありません。他者の意見は他者の意見として尊重し、取り入れるべきは取り入れながらも、自分の中の思想的軸は持ち続ける姿勢が大切ではないでしょうか。
自分自身の中の思想的な軸をゆっくりと構築していくための読書。それは自分らしく生きるための読書と言ってもいいでしょう。こうした読書を目指す人のための一冊が本書です。
しかし、時に読書が有害で危険な営みとなることも忘れてはなりません。意外なことかもしれませんが、ヒトラーは大の読書好きでした。本書の中で詳しく説明しましたが、ヒトラーは本を読み、自己自身を成長させようとは全く考えていませんでした。ヒトラーは自分自身の狂気の世界観を裏付けるために本を読んだのです。自分の考えが先にあり、その考えを補強してくれる材料を探していただけなのです。ヒトラーのような本の読み方をすれば、人は本を読めば読むほど偏屈で、狂気じみた状況に陥ってしまいます。
確かにヒトラーは確固たる思想的軸がありました。しかし、その思想は根本から誤った危険思想に他なりませんでした。ユダヤ人を憎悪し、最終的には地上からユダヤ人が一人もいないようにしようと、一民族の抹殺を試みたヒトラーの思想を支えたのも読書であったことを忘れるべきではありません。
読書という営みは、時に危険な営みともなりますが、自分らしくあるための思想的軸を作り、自身の成長を促す糧ともなります。現代は情報が過剰ともいうべき時代です。マスメディアだけでなく、SNSを通じて、膨大な情報が我々の手に届きます。こうした情報を活用するのは結構ですが、多くの人が情報に踊らされているようにも思えてなりません。
容易に流されることなく、自分自身で一つ一つの情報を吟味していくためには、読書によって培われた思想的軸が重要となってきます。思想的軸とは、必ずしも、思想そのものから導き出されるわけではありません。面白いと思って読み始めた推理小説の登場人物の台詞の中に驚くべき洞察を見いだすことがあるかもしれません。
本書では絵本から哲学書に至るまで、多岐に渡る分野の本を紹介しましたが、共通項が一つだけあります。それは、私が面白いと思った本であるということです。本書を通じて、面白い本を見出して頂ければ幸いです。
拙著『流されない読書』の前書きを転載しました。
ご興味を頂かれた方は、是非とも『流されない読書』をお読みください!
編集部より:この記事は政治学者・岩田温氏のブログ「岩田温の備忘録」2018年10月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は岩田温の備忘録をご覧ください。