北朝鮮、首領様用「専用機」か「核兵器」か

「核兵器はもはや使用できない価値のない兵器となった」

元米国務長官のコリン・パウエル氏がメディアにこのように語ったが、核兵器を製造したものの、国家元首が安心して搭乗できる飛行機もパイロットもいない国がある。ご存じだろう、あの北朝鮮だ。シンガポールで昨年6月、史上初の米朝首脳会談が開催されたが、そのサミット会議開催地まで飛ばす飛行機がないことから、中国が国家主席用の飛行機を急きょ北側に貸したという話が報じられた。

▲北朝鮮「高麗航空」の機長、乗組員ら(2012年10月撮影、ウィキぺディアから)

中国の習近平国家主席の美談で済ませる問題ではない。北朝鮮は未開発国家ではない。フラッグ・キャリアの「高麗航空」も一応存在する。もちろん、欧州では高麗航空の安全性に対しては厳しい評定を下している。いつ墜ちるか分からないというより、いつ墜ちても不思議ではないと受け取られている。米朝首脳会談のような重要会議で最高指導者が安心して使用できる飛行機ではない。その一方、北は国際社会の強い反対にもかかわらず核兵器を製造し、過去6回の核実験を行い、世界に向かって「核保有国」の認知を求めている。

「核兵器」と「飛行機」の製造ではどちらがその難度が高いかをここでテーマにしているのではない。核兵器を製造できる科学知識とノウハウを有する一方、指導者が海外で開催される首脳会談に利用できる安全な飛行機がないという、考えられないアンバランスの状況を指摘したいのだ。

先のパウエル氏の発言ではないが、核兵器は「もはや使用できない武器」だ。一方、飛行機は指導者が世界の首脳会談に参加するためには絶対必要な必需品だ。使用できない武器の製造のために国民経済を疲弊させる一方、必要不可欠な飛行機を購入しない国が「主体思想」を国是とする北朝鮮だ。

金正恩氏の父親故金正日総書記は生涯、飛行機に搭乗しなしたかった。いつ撃墜されるか心配で飛行機に乗れなかったのだ。その一方、「先軍政治」をはじめ、密かに核兵器の製造に乗り出した。アンバランスの原点は金正恩氏ではなく、金正日総書記から始まったというべきだろう。

今月8日で35歳を迎えた金正恩氏は政権掌握後、「先軍政治」を継承する一方で国内経済の立て直しに乗り出した。それから7年が過ぎるが、遊園地やスキー場は建設できたが、国民経済の回復までには程遠い。また、自身が世界の指導者と会談するために使用する飛行機すらままならない国の現状には改善がなかった。

話を2019年に戻す。トランプ米大統領は6日、金正恩委員長との2回目の首脳会談に期待を表明し、開催地が間もなく明らかになると述べた。メディアの報道によれば、1回目の首脳会談開催地の名誉を受けたシンガポールは今回は対象外。有力候補と見なされてきたスイスのジュネーブは開催地レースから外れたという情報が流れている。その一方、バンコク、ハノイ、ハワイが有力候補として挙げられている。当方はバンコクとハノイの2候補地の間で下されるとみている。ちなみに、一時だが音楽の都ウィーンも候補地レースで名前が挙げられたが、“会議は踊る”ウィーンで北の非核化交渉をしても進展しない懸念がある、ということで候補地レースから早々と落選したと聞く。

開催地を考える場合、北朝鮮から地理的遠い場所は敬遠されるだろう。金正恩氏の健康問題もあるが、それ以上に10時間以上飛行できるベテランのパイロットがいないだけではなく、肝心の飛行機がないのだ。中国から借りた飛行機を再び利用する以外に他の選択肢がないのだ。

トランプ氏は第2回米朝首脳会談を開くために会議の準備だけではなく、会議する相手の搭乗機の手配まで心配しなければならない。そのうえ、実務協議も始まっていない段階で米朝首脳会談を開いても、北の非核化問題で進展が期待できない。このままの状況で第2回会談が開かれた場合、開催地がどこになろうとも、残念ながら非核化の促進は具体性のない空言葉で終始するだろう。

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第2回米朝首脳会談では、ひょっとしたら、新しいテーマが浮上するかもしれない。北の人権問題ではない。金正恩氏専用の飛行機購入の商談だ。以下、当方の推測だ。

トランプ氏は、「友よ、使用できない核兵器を製造することは非経済的ではないかね。出来たら米ボーイング社から最新の飛行機を数機購入したらどうか。パイロットの育成は米国が負担する」と耳打ちする。もちろん、その商談をまとめるためには、対北制裁の解除が前提だ。トランプ氏はボーイング社の飛行機売りに心を奪われ、対北制裁の解除というハードルがあることを忘れてしまう。

一方、金正恩氏は「2機のボーイング社の専用機購入は安くないが、同時に対北制裁が解除される道が開かれるならば、安い取引だ」と考えるだろう。この商談は案外素晴らしいオファーだ。非核化問題は後日の第3回米朝首脳会談に委ねることで合意した、と発表でもできれば北側にとって悪くない。

トランプ氏は首脳会談後の記者会見で終始笑顔をみせ、「米朝両国は第3回目の首脳会談をワシントンで開催することで合意した。金正恩委員長はボーイング社の専用機でワシントンまで飛ぶために、ボーイング社から最新機2機を購入すると約束してくれた」と発表する。その傍で金正恩氏は頷きながらトランプ流ディ―ルを称えることも忘れない。

一方、首脳会談の予想外の合意にあっけに取られた国際記者団はトランプ氏に北の非核化の行方、対北制裁の解除問題を聞くことも忘れ、「第3回米朝首脳会談はワシントンで開催」、「北が2機のボーイング社の飛行機購入を約束」という速報を流すために走り出す。

もちろん、「非核化の問題は実務協議を早急に開催することで一致した」という内容のプレス用宣言文がジャーナリストたちに配られることはいうまでもない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年1月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。