文大統領、金正恩氏と「人権」を語れ

在イタリアの北朝鮮大使館からチョ・ソンギル大使代理が昨年11月、行方不明となった。同大使代理は米国に政治亡命を希望しているというが、その後の所在は不明だ。そこにローマの外務省から、「大使代理の娘(17)が平壌に帰国したようだ。北側は娘さんが祖父母が住む北に帰国したいと希望していたと説明しているが、強制的に帰国させた可能性がある」という情報が流れてきた。イタリア当局は、「北側の説明では昨年11月14日、大使代理夫妻の動向に不信を嗅ぎつけた北側が娘を一方的に北に帰国させた」として、人権蹂躙の疑いがあるため北側に説明を求めているという。

▲北で女性への性暴力が蔓延している実態を記した国際人権擁護団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」報告書

どうして北側は大使代理夫妻の亡命意思をキャッチしたのだろうか。2016年には駐英北朝鮮公使だった太永浩氏は家族一緒に韓国に亡命したことがあったが、その直後、金正恩朝鮮労働党委員長は海外駐在の外交官に対する監視を強化している。不信な動向があれば、即帰国させてきた。

海外の北朝鮮大使館には必ず1人、外交官の動向を監視する治安機関出身の工作員が派遣されている。通常、彼らは一等書記官、ないしは参事官という外交官の地位で赴任する。監視対象は大使館内の外交官、特に、大使と公使の動向には目を光らせる。例えば、大使が赴任先で誰と会ったかを逐次報告する。彼らは定期的に平壌に大使館内の動きを報告。問題があったら、即連絡する体制を敷いている。

もちろん、大使や公使は誰が治安関係者かを薄々知っているから、彼の前では言動に注意する。賢明な大使や公使はその治安機関出身の外交官を取り込むために、食事に招いたり、ちょっとした贈物もする。すなわち、海外の北朝鮮大使館でも国内と同じように相互監視網が張られているわけだ。

当方は過去、大使館内の治安関係者にマークされ、最終的には北に強制帰国させられた北のエリート銀行マンを知っている。彼はロンドンで経済を学び、ウィーンでオーストリアの銀行関係者と共同事業を行い、山積した対オーストリア債務を解消するために努めていた。

その彼がウィーン市内のアジアショップで家族のために三色団子やお餅を買っていたところに偶然出くわした。彼はマズいところを見られたといった表情を見せ、さっさと会計を済ませて出ていった。彼は海外で贅沢な生活をしていると思われることがどれだけ危険かを知っていた。三色団子など誰でも買って食べられるが、北では贅沢品だ。自分が海外のアジアショップで贅沢な食糧を購入していることが北関係者に伝われば、マズいのだ。北のエリート銀行マンが3色団子を買うのにもビクビクしなければならない、これが偽りのない北の現状なのだ。

その数カ月後、彼は夫人と共に帰国させられた。北外交官をマークしていた西側情報機関関係者の話によると、彼は投資事業で巨額の資金を失ってしまったため、平壌から2人の財政管理人が派遣され、大使館内で尋問を受けた。その直後、彼は夫人と共に北に連行された。夫人はオーストリアの友人に「帰国するのが怖い」と呟いていたという。

話を在ローマの北大使代理の亡命に戻す。娘さんは、大使館内の治安担当の外交官に強制連行された可能性が高い。帰国後、彼女に何が待っているかは北関係者ならば知っている。

コラムのテーマに入る。南北の融和路線を実施、金正恩氏とは3度の首脳会談をこなし、ホットラインを通じて頻繁に話している文在寅大統領は何をしているのか。金正恩氏が非核化を言い出したのは文大統領の融和政策のためではない。トランプ政権の対北制裁と軍事的圧力だ。金正恩氏は制裁解除を実現するために韓国の融和政策に乗ってきた。それを文大統領はあたかも自身の南北融和路線が朝鮮半島の緊張緩和に貢献したと受け取り、朝鮮半島の平和の天使役を演じている。その文大統領が金正恩氏の要求に応じ、密かに制裁解除の動きを見せていることに、日米両国は強い不信の目を注いでいる。

文大統領は北の非核化を口には出すが、あまり熱意を感じない。南北再統一後、核兵器を保有する国として朝鮮半島で君臨できれば、日本に初めて優位にたつことができる、という野心が見え隠れする。

文大統領にお願いしたい。在イタリアの北朝鮮大使代理の亡命の件で金正恩氏に「娘さんを大使代理夫妻のところに戻すように」と説得してほしいのだ。それが実現できれば、トランプ政権は文大統領を見直すだろうし、韓国国民も文政権の南北融和政策を少しは理解するだろう。

文大統領は毅然とした態度で金正恩氏に助言すべきだ。金正恩氏の怒りを受け、関係が途絶えたとしても仕方がない。金正恩氏が変わらない限り、金正恩氏との関係は遅かれ早かれ切れてしまう。相手が嫌うテーマ(人権)を避けて築いた関係はいつまでも続かないのだ。このコラム欄で何度かいってきたが、文大統領は金正恩氏と「人権問題」を語るべきだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年2月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。