トランプ政権と民主党指導部が総額2兆円のインフラ投資額で合意した。財源に関する議論は一旦棚上げしつつ、両者が早々に同合意を行った背景に思いを巡らせると、トランプ大統領の政局運営における「神算鬼謀」に驚嘆せざるを得ない。
元々インフラ投資に積極的なトランプ大統領にとって、同投資に反対する勢力が強かった下院の共和党保守派が2018年の中間選挙で敗北し、大きな政府を好む民主党が下院多数派を占めることは織り込み済みのことであったように推測される。政権発足以来、中間選挙までに減税政策や規制廃止などの党派的な政策を推進し、超党派で合意を得やすいインフラ投資や薬価引き下げを後回しにしてきたことからも、同政権の意図を推し量ることができる。
ただし、今回のインフラ投資に関する合意が極めて早い時期に実現した背景には、それを更に上回るトランプ大統領の政局上の読みがあることは明らかだ。
減税効果が徐々にスローダウンしてきている直近の状況において、トランプ大統領は直ぐに更なる景気対策を必要としており、このタイミングで巨額のインフラ投資を合意することは大統領選挙に向けて大きなプラスとなる。
そして、民主党指導部との合意は単純な景気刺激策の効果がある。なぜなら、同合意はロシアゲートに関する司法妨害の疑いに対する「弾劾」を巡る政局上のカードとして極めて有効だからだ。
民主党は下院で多数を占めていることからトランプ大統領に対する弾劾プロセスに入ることができる。特に同党指導部と距離がある左派系議員らは弾劾に前向きな姿勢を見せている。
しかし、同党がインフラ投資に関する合意を打ち上げたタイミングで弾劾プロセスに入った場合、インフラ投資の計画は頓挫することになるだろう。その結果として、民主党は景気対策の成立を失敗させた「戦犯」として、世論から厳しい批判にさらされることになるはずだ。
一方、インフラ投資の履行がなされた後に弾劾プロセスに入った場合、トランプ大統領は景気対策と自らの支持者の士気高揚(投票率向上)の2つの果実を同時に得ることができる。上院は共和党多数派であることから弾劾自体も成立する可能性は極めて低く、民主党による非現実な党派的弾劾開始は同党のイメージ悪化に繋がり、共和党員及びトランプ支持者の怒りを極限まで引き上げることになるだろう。
そして、言うまでもなく、民主党指導部が弾劾プロセスに踏み切ることなく、このままインフラ投資のみを了承した場合でもトランプ大統領の勝利と言って良い。つまり、トランプ大統領にとって負けが無い合意のタイミングだったと言える。
では、なぜ民主党指導部はトランプ大統領に有利な交渉のタイミングに付き合わされているのだろうか。本来であれば、民主党にとっては、弾劾をちらつかせながら、インフラ投資に関する合意をもう少し後ろに引っ張ることで、トランプ政権の経済運営に打撃を与えつつ、民主党に対する批判が出ないギリギリのタイミングで合意することが政局上望ましいはずだ。
しかし、民主党指導部にはそうはできない理由が存在している。
民主党は大統領選挙予備選挙に実質的に突入しており、同党指導部が推す中道派・バイデン副大統領とその他の左派系候補者の激しい確執が発生しつつある。
同党指導部は本来の見せ場であった下院奪還後のスタートダッシュを年明けの政府閉鎖を巡る争いによって潰されており、パッとした政策成果を出せていない。その上、党内左派は大統領選挙を左右するエネルギー州に深刻な打撃を与えるグリーン・ニューディール政策をゴリ押ししている。同党指導部は現実的なインフラ政策の対案を早々に実現することで大統領選挙勝利に向けて左派の主張を封じ込める必要性に直面している。
したがって、民主党指導部は現在が不利なタイミングであることを理解した上で、トランプ政権とインフラ投資の合意を結ばざるを得なくなっているのだ。
トランプ大統領は、民主党指導部とインフラ投資の合意を得た上で、民主党左派に対して弾劾問題で挑発を繰り返すことで民主党内の分裂を煽っている。トランプ大統領の行為は大統領選挙本選にまで残る民主党内のシコリを作り出すことに繋がっていくだろう。大統領選挙に向けて本気で動き始めたトランプ大統領の政局手腕の巧みさには目を見張るものがある。