ラマダン(断食月)の「光」と「影」

世界のイスラム教圏で6日からラマダン(断食月)が始まった。国にとって1日、2日の違いはあるが、1カ月間続く。日の出から日没まで食事を断つ一方、身の清潔を保つ。日が沈むと家庭やイスラム礼拝所(モスク)で家族や知人たちとともに断食明けの食事をする。人によっては夜明け近くまで食事をしたり、団欒する。“ラマダン太り”という言葉があるように、断食明けには普段より多くの食事を1度に取るため1カ月のラマダン期間で体重が増える信者が少なくない。ラマダンは1年のうちで最も消費が多い月ともいわれ、ラマダンの経済的効果とも呼ばれている。

▲ウィーンのイスラム教センター(ウィキぺディアから)

▲ウィーンのイスラム教センター(ウィキぺディアから)

ラマダンはイスラム教徒の聖なる義務、5行(信仰告白、礼拝、喜捨、断食、巡礼)の一つだ。幼児、妊婦や病人以外は参加する。当方はイラク出身の知り合い記者がいるが、彼は病気持ちで薬を飲んでいたので断食はせず、その代わり、友人や困った人に喜捨していた。当方はラマダン期間、彼からよく食事に誘ってもらったものだ。彼は異教徒の当方に食事を奢ることで自身も心安らかに食事をしていた。当方と知人の記者はウインウインの関係だったわけだ。

スーダン出身の国連記者のアブドラ・シェリフ氏は敬虔なイスラム教徒だ。彼はラマダン期間、断食する。彼にラマダンの効果について聞いてみたことがある。シェリフ氏曰く、「まず、心が清まるのを感じる。普段よりアラーを身近に感じる期間だ」と模範的な回答が返ってきた。シェリフ氏がいえば、「そうだろう」と聞く者も素直に納得できる点は同氏の徳かもしれない。要するに、宗教心が高揚し、他者のために尽くしたい思いがラマダン期間は高まるというのだ。同氏の表現によると、魂が清まる期間だ。

中東ではラマダン期間、紛争当事者間で武器を下す“ラマダン和平”が実現することが多い。例えば、イスラエルとパレスチナガザ地区のハマスとの間で激しい戦いが展開してきたが、エルサレムからの情報によると、両者は6日早朝を期して停戦で合意したという。ラマダン和平ではないが、ガザ地区のイスラム教徒にとってラマダン期間の紛争は大変だ。パレスチナ側にとって停戦はウエルカムのはずだ。一方、イスラエル側にとってもユーロビジョン・ソング・コンテストが来週、テルアビブで開催されることもあって、ハマスとの停戦が不可欠だったのだろう。

世界のイスラム教徒がシャリフ氏のような信者だったら、ラマダン期間は紛争も戦争もない平和な期間となるが、残念ながらシェリフ氏のようなイスラム教徒は必ずしも多数派ではない。

ラマダン期間にはイスラム過激派のテロ事件が多いということで、日本外務省はHPでラマダン期間のイスラム過激派によるテロ事件への要注意というメッセージを発信しているほどだ。

ここにラマダン期間に発生したイスラム過激派テロ事件の例を振り返る。

①2017年6月3日、ラマダン期間にロンドンで死者8人が出るイスラム過激派テロ事件が発生した。ロンドン中心部テムズ川にかかるロンドン橋をワゴン車で暴走し、橋上の歩行者を轢いた後、車から降りて数人を刃物で死傷させた。実行犯3人は駆けつけた警察に射殺された。

②16年7月にはバングラデシュの首都ダッカのレストランでイスラム過激派の襲撃テロが発生、日本人7人を含む20人以上が殺害されるテロ事件が起きた。犯人はイスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)で、ラマダン期間だった。

それでは、なぜラマダン期間にテロ事件が多発するのか。両者の関係を考えてみたい。①イスラム教徒の宗教心が普段の期間より高まる。②断食明けの食事をモスクで他の信者たちと一緒に取る機会が増える。イスラム過激派のイマームが反米、反キリスト教演説で信者を扇動することがある。③ラマダンはイスラム教徒にとって聖なる月だ。この期間に天に功労を積むことで天国に行きやすくなる、という教えがある。④イスラム過激派にとってラマダンは信者から寄付を募る最高の期間だ。信者も普段より多くの金銭、物質を寄付する。⑤イスラム過激派テログループはラマダン期間、信者たちに異教徒への聖戦を呼び掛ける。いずれにしても、ラマダンは魂の高揚をもたらす一方、異教徒への憎悪も強まる期間であるわけだ。これをラマダンの「光」と「影」というわけだ。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年5月8日の記事に一部加筆。