日本有数の化学メーカー、カネカの元社員の妻が6月1日、ツイッターで夫の育休復帰直後の転勤命令を告発したのを発端に、同社の株価が一時下落し、自民党の育休議連でも問題視されるなど、同社の「パタハラ」騒動が大炎上している。
ところが告発したツイッターアカウントの過去の書き込みに、夫の起業準備をうかがわせる記述があったことから、ネットではカネカを擁護する意見も出始め、まとめサイトも作られるなど、事態が混沌としてきた。
ツイッターから燃え広がった経緯
この問題は、「日系一部上場企業」勤務の夫がいるという女性がツイッターでの「告発」がきっかけだった。「育休とったら明けて2日で関西に転勤内示、私の復職まで2週間、2歳と0歳は4月に転園入園できたばかり、新居に引越して10日後のこと。 いろいろかけ合い、有給も取らせてもらえず、結局昨日で退職、夫は今日から専業主夫になりました」などとツイートした。
妻はさらに労働組合、都の労働局などに相談し、それぞれから「社員の転勤命令は違法ではない」との見解をもらったことを明らかにするとともに、カネカのキャッチフレーズ「カガクでネガイをカナエル会社」をハッシュタグにして投稿したことで勤務先も「カミングアウト」した。ネットで騒ぎが大きくなったのを見かけた日経ビジネスの島津翔記者がこの妻を直撃・報道したことで、事態が一気に社会的にも認知され騒動が拡大。
「育休復帰、即転勤」で炎上、カネカ元社員と妻を直撃(日経ビジネスオンライン 6月3日)
カネカは日経ビジネスの取材に対しノーコメント。しかし、記事が出た3日、同社の角倉護社長が社内に一斉メールを出し、「SNS上に当社に関連すると思われる書き込みが多数なされていますが、正確性に欠ける内容」としながら、「育児休業休職直後に転勤の内示を行ったということはありますが、これは育児休業休職取得に対する見せしめといったものではありません」などと育休復帰後の転勤命令があったことは言及した。
しかし、このメールの文面もまるごと日経ビジネスが翌日にすっぱぬいて続報。
カネカ続報、「即転勤」認める社長メールを入手(日経ビジネスオンライン 6月4日)
さらには、同社が厚労省から、子育て支援のための行動計画で認証を受ける「くるみん」マークを取得していたこともあり、自民党でも5日、「男性の育児休業取得の義務化を目指す議員連盟」の設立総会で、議員の一人から「場合によっては剥奪も検討しなくてはいけないのではないか」などと強硬論も飛び出したという(ハフポスト)。
起業準備?妻の書き込みで流れが微妙に…
ところがここにきてネット世論の雲行きが変わってきている。
カネカの転勤の人、起業予定だったのかよ…辞めるかもしれない中で育休とってたんだね。被害者のような面してるけどイーブンじゃん。
これはツイッターで3日、ある一般の人が投稿した感想だが、告発した妻が今年1月24日、「2019年にやること」で挙げた4項目の中で、「夫起業の具体的な準備」と書き込んでいたことが発覚。日経ビジネスの2回の記事では、夫の起業準備については言及されていない。
妻は“不都合”な投稿を削除したが、すでにネットではスクリーンショットが拡散。まとめサイトも作られてしまうなど、「情報戦」の様相を呈し始めた。
この事態にはアゴラ執筆陣の人事コンサルタント、城繁幸氏も「もうなにがなんだか……」と困惑気味だった。
議論の根底に「社畜」意識を指摘する声も
元社員の起業準備の進ちょくや、会社側も把握していたのかは不明だが、いずれにせよ、仮にカネカが察知していて転勤命令を出したとすれば、事実上の「報復人事」となり、労務上のリスクが増えることは確かだ。
また、社員が有休を申請した場合、労基法では、会社側は付与しなければならないと規定されており、今回のケースでは、元社員側の主張が事実であれば、今後カネカ側の労務管理のコンプライアンスが問われる可能性もありそうだ。
一方、カネカ擁護派の人たちに対し、
カネカの件、中途で入社、起業前だったなんて!!って怒ってる人いるけど、根本的に会社の為にって考えがあるよね。会社を上手く利用していかないで、会社の為にって思うからダメなんだよ。社畜的な考えの方がまだまだ多いですね。
などと労働者のマインドセットの問題を指摘する人もいた。
追記(15:15)「当社の対応に問題は無い」カネカが声明文を発表
カネカは6日、同社サイトに「当社元社員ご家族によるSNSへの書き込みについて」と題する声明文を発表。弁護士を含めた調査委員会や社内外の監査役による調査を行なった結果、「当社の対応に問題は無い」「転勤の内示は、育休に対する見せしめではありません」などと正当性を主張した。
また、異動内示が育休明けになったことについては、内示前に育休に入ったことを理由に挙げ、「着任日を延ばして欲しいとの希望がありましたが、元社員の勤務状況に照らし希望を受け入れるとけじめなく着任が遅れると判断して希望は受け入れませんでした」「元社員は転勤に関しての種々の配慮について誤解したままとなってしまった」などとする見解を示した。
同社は改めて自社の正当性を主張したが、ネットで取りざたされている起業準備などの退職理由は記載せず、元社員側に抗議や法的措置をとるような姿勢も現時点では示していない。
カネカの声明文は以下の通り(原文ママ)。
当社元社員ご家族によるSNSへの書き込みについて
2019年6月6日
当社元社員ご家族によるSNSへの書き込みに関し、当社の考えを申し上げます。
1. 6月2日に弁護士を含めた調査委員会を立ち上げて調査して参りました。6月3日には社員に向けて、社長からのメッセージを発信致しました。更に、6月5日に、社内監査役及び社外監査役が調査委員会からの報告を受け、事実関係の再調査を行い、当社の対応に問題は無いことを確認致しました。
2. 元社員のご家族は、転勤の内示が育児休業休職(以下、育休とします)取得に対する見せしめである、とされていますが、転勤の内示は、育休に対する見せしめではありません。また、元社員から5月7日に、退職日を5月31日とする退職願が提出され、そのとおり退職されております。当社が退職を強制したり、退職日を指定したという事実は一切ございません。
3. 当社においては、会社全体の人員とそれぞれの社員のなすべき仕事の観点から転勤制度を運用しています。 育児や介護などの家庭の事情を抱えているということでは社員の多くがあてはまりますので、育休をとった社員だけを特別扱いすることはできません。したがって、結果的に転勤の内示が育休明けになることもあり、このこと自体が問題であるとは認識しておりません。
4. 社員の転勤は、日常的コミュニケーション等を通じて上司が把握している社員の事情にも配慮しますが、最終的には事業上の要請に基づいて決定されます。 手続きとしては、ルール上、内示から発令まで最低1週間が必要です。発令から着任までの期間は、一般的には1~2週間程度です。転勤休暇や単身赴任の場合の帰宅旅費の支給といった制度に加え、社員の家庭的事情等に応じて、着任の前後は、出張を柔軟に認めて転勤前の自宅に帰って対応することを容易にするなどの配慮をしております。
5. 本件では、育休前に、元社員の勤務状況に照らし異動させることが必要であると判断しておりましたが、本人へ内示する前に育休に入られたために育休明け直後に内示することとなってしまいました。 なお、本件での内示から発令までの期間は4月23日から5月16日までの3週間であり、通常よりも長いものでした。 また、着任日を延ばして欲しいとの希望がありましたが、元社員の勤務状況に照らし希望を受け入れるとけじめなく着任が遅れると判断して希望は受け入れませんでした。
着任後に出張を認めるなど柔軟に対応しようと元社員の上司は考えていましたが、連休明けの5月7日に、退職日を5月31日とする退職願が提出されたため、この後は、転勤についてはやり取りがなされませんでした。このため元社員は転勤に関しての種々の配慮について誤解したままとなってしまったものと思います。
元社員の転勤及び退職に関して、当社の対応は適切であったと考えます。当社は、今後とも、従前と変わらず、会社の要請と社員の事情を考慮して社員のワークライフバランスを実現して参ります。