米朝首脳会談:“歴史的”が常にいいとは限らない

長谷川 良

トランプ米大統領は30日午後(現地時間)、南北間軍事境界線にある板門店で北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と会合した。現職の米大統領が非武装地帯(DMZ)の境界線から北側の領土に足を踏み入れたのは南北分断66年間の歴史でトランプ大統領が初めてだ。

▲DMZで出会ったトランプ大統領と金正恩委員長(2019年6月30日、CNNから)

当方はウィーンの朝6時頃からテレビのスイッチを入れ、米CNNを通じて歴史的なイベントを追った。韓国側からトランプ大統領が北側の方向に向かって歩き出すと、ガードマンに囲まれて金正恩氏の姿が現れ、南北軍事境界線上で両者はがっちりと握手した。

トランプ氏は、「このような場所であなたと再会できて光栄だ。歴史的だ」と挨拶すると、金正恩氏はトランプ氏の北入りを「将来の両国関係で過去の多くの困難を克服してポジティブな成果を生み出す勇断だ」と述べ、トランプ氏と同様、板門店での米朝首脳会合を歴史的と評していたのが印象的だった。

トランプ氏と金正恩氏の板門店での会合は24時間前に突然降ってわいたトランプ氏のアイデアだったわけではないだろう。トランプ氏は大阪の20カ国・地域首脳会談(G20大坂サミット)前に「米国帰国前に韓国を訪問し、そこで非武装地帯を訪問して金正恩氏と再会し、スモールトークが実現できれば幸いだ」とツイッターで書いていたが、会合の準備はその前から進められていたはずだ。歴史的なイベントと受け取られるために、双方にとってサプライズな会合の方がインパクトが大きい、という計算があったのではないか。

トランプ氏と金正恩氏は板門店の韓国側の「自由の家」で非公式の会談をしたが、それに先立ち行われた記者会見ではトランプ氏は繰り返しDMZの会合の歴史的意味を強調。その傍で金正恩氏も笑顔を見せながら気分よさそうな表情を見せていた。なお、1時間弱の会談では、米朝両国は今後2、3週間以内に実務チームを構成し交渉を開始することで合意したという。

トランプ氏と金正恩氏はシンガポール(2018年6月)、ハノイ(今年2月)、そして今回の朝鮮半島のDMZ会合と計3回会ったことになる。ホップ、ステップ、ジャンプだ。シンガポール会談は文字通り、歴史上最初の米朝首脳会談であったが、米朝間の主要テーマ「北の非核化」協議には具体的な進展はなかった。

そしてハノイの第2回目で米朝両国は北の非核化協議で衝突、米国と北朝鮮の間に大きな開きがあることが明らかになり、「北側は準備がなかった」という言葉を残してトランプ氏は交渉テーブルから退去した。ただし、ハノイ会談は決裂したが、双方は書簡交換し、第3回の首脳会談の可能性を排除しなかったことから、今回のサプライズな会合となったわけだ。

トランプ氏は金正恩氏を友人呼ばわりしているが、金正恩氏も「トランプ氏との個人的関係は非常にいい」と述べ、両者の人間関係には問題がないいことを強調していた。

問題は米朝首脳会談の主要テーマ、北の非核化に関する協議では実質的な進展はまったくないことだ。北側は古い寧辺核関連施設の破棄を表明する一方、米国はウラン濃縮関連施設などの核関連活動の完全な停止を要求、米朝間には非核化で大きな相違が明らかになった。

北朝鮮の非核化は全く進展がないばかりか、北朝鮮はこれまでのプルトニウム型核兵器から濃縮ウラン型核兵器の製造に乗り出そうとしている。金正恩委員長は寧辺核関連施設を破棄することで非核化を演出しているが、北の核兵器は拡大されてきているのだ。

一方、トランプ氏がカメラのショー効果が高い板門店で金正恩氏とのショートトークに笑みを漏らしているのを見ると、少々、心配になる。

トランプ氏はここにきて「北の非核化は急がない」と述べ、金正恩氏には非核化への決意を下すのに時間が必要という認識を明らかにしている。CNNによると、トランプ氏は今回、金正恩氏をホワイトハウスに招請する意向を示したという。

金正恩氏は再選を実現するために腐心するトランプ氏の願いを受け入れ、板門店での会合をOKしたのだろう。ひょっとしたら、次はトランプ氏が金正恩氏の願いを受け入れる番となるかもしれない。

CNNのコメンターが、「歴史的なイベントが常にポジティブとはいえない」と皮肉を込めて語っていた。板門店での米大統領と金正恩氏の会合は初めてという意味で確かに歴史的だったが、それが常に好ましい成果をもたらすとは限らない、という意味合いだろう。当方はその点ではCNNのコメンターに同感だ。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年7月1日の記事に一部加筆。