参院選で全国最激戦区となった東京。定数6に20人の候補者が熾烈な争いを繰り広げる中、維新公認の新人、音喜多駿氏(前都議)が初の国政進出を果たした。
NHKで当確が出たのは日付が変わってからという歴史的な大激戦。全国の選挙区で最後だった。4月の北区長選で現職区長に敗れてから90日あまり、当確が出た瞬間、事務所は歓喜の渦が巻き起こり、音喜多氏は感涙に浸った。
山本太郎氏転出からの逆転劇、維新が首都で悲願の議席獲得
自ら率いる地域政党あたらしい党の代表を務めたまま、維新公認という異色の出馬。無類の強さを誇る大阪以外への浸透が課題だった同党が、近年、各地の地域政党との同盟を結ぶ新しい戦略を進めている中で、打診を受けた。複数の関係者によると、音喜多氏は他にも野党からラブコールがあり、維新も2度打診したが、音喜多氏は当初、いずれも固辞したという。
しかし、都議時代に会派を組んでいた柳ヶ瀬裕文氏が音喜多氏を再三説得。東京維新の幹事長でもある柳ヶ瀬氏にとっては2013年、16年と東京で議席確保に失敗。この時期、党側が複数の著名人らに断られた中で、早くから「3度目の正直」の候補者として、海城中学・高校、早稲田大学の後輩でもある音喜多氏に話を持ちかけた。
音喜多氏も柳ヶ瀬氏の説得を受け、あたらしい党の求心力維持も考慮し、最終的に「三顧の礼」に応えた。さらには柳ヶ瀬氏も自ら都議の座を投げ打って比例区から出馬。「おとやな」コンビの誕生で、維新が「外様」の音喜多氏を迎える上で維新内部の士気を盛り上げ、都内の維新票の掘り起こしを図った。
しかし、選挙戦は、大阪と真逆の構図。東京は立憲民主党が強固な地盤を誇り、組織の弱い東京維新は苦戦の連続。情勢調査で当選圏に届かず、音喜多氏自身も「永遠の7番手」と自虐的にぼやいたこともあった。
しかし山本太郎氏の比例転出でゼロに近かった可能性がわずかに広がった。そこから、北区から大田区への自転車縦断、新宿駅12時間耐久演説など若さをアピールする企画も敢行。YouTubeやブログで毎日精力的に発信し、小池ブーム当時にテレビ出演した際の知名度の「貯金」も生かしてじわじわと支持を広げていった。
勢いに乗った音喜多陣営に大阪の党本部も今回は異例の体制で支援。選挙前を含めて松井代表が5度も東京に入り、選挙中には代表代行の吉村洋文氏(大阪府知事)も2度参加。若い吉村氏の加勢で清新なイメージが加わった。
東京維新の弱点だった地上戦も、春の統一地方選で維新は区議が倍増し、音喜多氏のあたらしい党の区議らの混成軍で支えた。3年前にいなかった超ベテランの選挙参謀も陣営に参加。これまでの東京維新と見違えるような地に足のついた戦いができるようになり、維新としては参院3度目の挑戦で初の東京の議席確保に成功。神奈川選挙区で当確を決めた松沢成文氏と合わせて、首都圏への党勢拡大に弾みをつけた。
立民は山岸氏が予想外の健闘。区割りも奏功か
そもそも選挙前には、国民民主党も含めて、旧民進党系の候補者が3人に乱立したことで「共倒れ」を危惧する向きもあった。しかも2人目の山岸氏は知名度ゼロ。選挙中もグーグルトレンドでほとんど検索結果が出てこないような状態だったにも関わらず、最後の最後まで音喜多氏、自民党のベテラン武見敬三氏と競り合う大健闘だった。
立民の関係者によると、今回は手堅い「区割り」戦略を敢行。都議時代に大票田の世田谷区が地盤だった塩村氏の選対本部長に蓮舫氏が就任し、区部をベースに活動する一方で、山岸氏は武蔵野市を地盤とする菅直人元首相が選対本部長に就任。リベラル層の多い多摩地区と一部の区で支えるという、高校野球の東東京、西東京を思わせる形でうまく住み分けし、地上戦をスムーズに進めた。
自民党は12年前の「悪夢」は回避
一方、現職2人の再選を目指した自民党は、丸川珠代元五輪相が早々にトップで当確を決めたものの、武見敬三氏が失速。日本医師会元会長の父を持つことでも知られる武見氏は、手堅い組織戦を展開したが、終盤には出口調査で7番手に沈んでいることが判明するなど苦しい展開が続いた。
テレビ朝日アナウンサー出身で、環境相、五輪相を歴任した丸川氏とは対照的に、武見氏は知名度にも劣り、地味な存在だ。本来は丸川氏が無党派層をベースに組織票を固め、武見氏は組織票主体に上積みを図るという印象が強いが、安倍首相庇護のもと、丸川陣営は圧倒的な得票数でのトップ当選を目指し、激烈な地上戦を展開。武見陣営は遅れをとった感があった。
丸川氏が初当選した2007年参院選では、当時のベテラン現職とのダブル当選に失敗。一時はその悪夢の再来の可能性もあったが、結局は、武見陣営が巻き返しを図って地力を見せた。
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それにしても、首都の大型選挙で開票率が8割を超えた段階にして、40〜50万票台で1、2万票を争うデットヒートというのは、筆者も記憶にない。選挙前からの紆余曲折を含め、実にドラマチックな展開だった。
新田 哲史 アゴラ編集長/株式会社ソーシャルラボ代表取締役社長
読売新聞記者、PR会社を経て2013年独立。大手から中小企業、政党、政治家の広報PRプロジェクトに参画。2015年秋、アゴラ編集長に就任。著書に『蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた?』(ワニブックス)など。Twitter「@TetsuNitta」