昨年7月に、中米のエルサルバドルのラ・ウニオン県にある港「ラ・ウニオン港」が中国の軍事基地になるのではないかという憶測が生まれて、メディアでも取り上げられたことがあった。この憶測はその後も消滅したわけではない。
ところが、今年に入ってラ・ウニオン港から4キロほど北上したところにある小さな島「ペリコ島」とその子供といった感じの「ペリキト島」が秘密裏に中国に売却されたという噂が広まって、5月には一部現地紙で米国と中国の水面下の戦いといった感じで報道された。(参照:laprensagrafica.com)
ぺリコ島が中国に売却されたという噂は、エルサルバドルに30年在住している中国人で自動車の輸入事業を手掛け、また中国・エルサルバドル商工会議所の副会長を務めているボー・ヤング(Bo Yang)氏がペリコ島の買収交渉に携わったということが昨年10月に明らかにされたのであった。
ヤングは「一般のビジネスと同じようなものだ。土地の買収だ」と述べただけで、その詳細はメディアには明らかにしなかったという。しかし、「エルサルバドル政府と交渉したことはない」と答え、「政府とはまったく関係ないことだ」とメディアからの質問を前に確言したという。
ヤング氏のこの回答より以前に、立法議会の方ではこの島には紀元前1840年頃に相当する考古学的に価値あるものが埋蔵されているとして、この島を文化遺産として認定するか否かの調査特別委員会が設けられていた。そこで、同委員会の議員がラ・ウニオン市のエセキエル・ミーリャ市長にヤング氏がぺリコ島を買収したいと望んでいるということについて質問したのである。
というのもぺリコ島はラ・ウニオン市が島の半分を所有し、残り半分は政府の所有とされているからである。それに答えて同市長はこれまでヤング氏と2度会談を持ったことを明らかにし、更にヤング氏がホテルの建設を含めそこで観光リゾートの建設を計画していることを公にしたのであった。(参照:laprensagrafica.com:elmundo.sv)
ヤング氏がぺリコ島の買収に関心をもっているということがより注目を集めるようになったのは、昨年8月に政府が突如台湾と断交して中国と国交を樹立させてからである。しかも、国交樹立の発表があってから数日後にミーリャ市長が島を訪れて、島の45世帯から成る住民にこの島を売却するプランがあるので他の場所に土地を提供する代わりに離島して欲しいと要望を伝えたというのである。(参照:laprensagrafica.com)
それに対して、教育文化省の文化局のフェデリコ・エルナンデス・アギラール元部長は、ぺリコ島は考古学上の遺産があり政府はぺリコ島を保護する義務があると述べたのである。
更にこの問題がより複雑になって行ったのは、今年1月にラウル・ベルトゥラン・ボニーリャ議員が、ぺリコ島とペリキト島が昨年売却されたと明言したからである。当時のファラブンド・マルティ民族解放戦線(FMLN)政権が2島を中国に売却したというのである。同議員がそれを知ったのは、国際展示会場で中国との取引展示会が開催された11月末だったという。(参照:porttada.com:elsalvadorday.com)
この2つの島を売却したと思わせるような出来事がひとつあった。FMLNのサルバドール・サンチェス・セレン前大統領が台湾と断交して中国と国交樹立を発表する数日前に、立法議会の委員会が立案したこの2島を売却することを禁止した特例を議会で審議する為に提出した際、セレン前大統領は拒否権をつかってその審議を議会から却下させたのであった。
ぺリコ島には自然森林地帯があり保護させている。ところがそれが法令化されていなかったということで、その保護を法的に認定させるために特別条例を設ける必要があった。ところが、セレン大統領はその特例は違憲だとして拒否権を発動したというわけである。
ということから、この2島は中国と国交を樹立する前に秘密裏に売却されたと推測されている。それが明らかにされない今、米国はぺリコ島への開発に強い関心を示している。5月8日には在エルサルバドルのジェーン・マネス米大使がスペインと日本の代表を同伴して、ラ・ウニオン市にあるスペイン企業カルボ・グループの施設を訪問した。カルボ・グループは特に缶詰の生産では著名であり、ラ・ウニオン港を使っての事業展開を計画しているという。
マネス大使は今回の訪問を利用してラ・ウニオン地方への米国からの投資をさらに促進させることを誓い、ぺリコ島への米国企業の関心も否定しなかった。現在、具体的にプラン化されているのは太陽光パネルによるエネルギー開発である。
特に、ラ・ウニオン港の開発は、日本の国際協力機構(JICA)がリーダーとなり日本国際協力銀行(JBIC)が融資で参加したということで、中国がこの港の開発を展開させて行くことを日本は望まないであろう。寧ろ、米国と協力しての開発を望んでいるところである。
(参照:grupocalvo.com)
一方の中国は、6月1日のブケレ新大統領の就任式に合わせて訪問した金桂冠副外相は現地紙『El Salvador』との会見で、中国がラ・ウニオン港とぺリコ島に軍事基地を建設することに関心があることを断固否定した。そして、前政権と合意した13項目の発展を図るとした。
(参照:elsalvador.com:elsalvador.com)
ということで、この2島は謎に包まれたままである。
白石 和幸
貿易コンサルタント、国際政治外交研究家