独ヘッセン州のフランクフルト中央駅構内で29日、1人の男が高速列車(ICE)がホームに入って来る直前、電車を待っていた母親と子供を突然後ろから突き落とした。母親は脇に逃れて助かったが、8歳の男の子は轢かれて即死した。容疑者はスイスに13年間住んでいたアフリカのエリトリア出身の難民、Habte A(40)だ。
A容疑者は他の乗客(78歳の女性)も線路に落とそうとしたが、抵抗されたために逃げようとしたところ、ホームにいた他の乗客が男を捕まえ、警察に引き渡した。Aは2006年、エリトリアから逃げてスイスで難民申請。08年に難民認知された後、社会に統合した難民としてチューリヒで仕事も得、模範難民と見なされてきた。自身も3人の子供がいた。犯行の動機は不明だが、今年初めに精神科医に通っていたという。
スイス側の情報によれば、Aはイスラム過激派の思想的バックボーンはないという。Aは7月25日、隣人をナイフで脅すなどをしたため、スイス警察は行方を捜査中だった。ドイツに逃げたAは今回の蛮行に及んだ。Aと犠牲者の間にはまったく関係がないという。
フランクフルト中央駅では事件の翌日(30日)、駅ホームには多数の警察や駅員が警備。亡くなった8歳の子供のために多くの市民がろうそくや花を供えて追悼する姿が見られた。自身も一人の子供を持つ女性は「ニュースを聞いて驚いた。ホームで電車を待っている時には注意しなければならない」と、ドイツ民間TVのインタビューに答えていた。
ドイツでは7月20日にもフォア―デ市(Voerde)の駅で34歳の男性が、ローカル電車を待っていた女性を後ろから線路に突き落とし、電車に轢かせて死亡させる事件が起きたばかりだ。男性はコソボ系セルビア人だった。
短期間に駅構内で2件の事件が起きたことから、休暇中だったゼ―ホーファー内相は30日、ベルリンに戻り、緊急会議を開いた後、記者会見に臨み、「駅構内の安全の強化」など、対応に乗り出す考えを表明した。同内相によると、2025年までに1万1000人の警察官を増員する計画という。
ドイツ・メディアは今回の事件に関する特集番組で専門家による討論を行っていた。子供たちが休みに入り、家族で一緒に列車旅行するシーズンだけに、ドイツの主要駅の一つ、フランクフルト中央駅で起きた今回の事件に対する国民の関心は非常に高い。
ちなみに、ドイツの犯罪統計では犯罪件数は減少傾向にある。今年4月に公表されたドイツ犯罪統計によれば、犯罪総件数は540万件を割る一方、窃盗罪は2017年比で7・5%減、暴力犯罪も1・9%減を記録。外国人犯罪数は全体の30・5%と横ばいだ。検挙率は2005年以来、最高値の56・5%を記録している。すなわち、犯罪統計を見る限りでは、ドイツの治安状況は改善しているといえるが、国民の安全に対する実感はむしろ悪化傾向にある。統計と実感の格差がここでもみられるわけだ。
ドイツ中部ヘッセン州カッセル県で6月2日未明、ワルター・リュブケ県知事が自宅で頭を撃たれ倒れているのを発見され、国民に大きなショックを与えたばかりだ。一方、今回のような難民出身者による殺人事件が起きると、極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)は事件を政治目的に利用し、反難民・移民を煽る傾向がみられる、といった具合だ。
特集番組の中では「駅構内の安全強化といっても、100%の安全は不可能だ。監視カメラを設置したとしても犯罪を未然に防ぐことはできない。ただ、国民に安心してもらうという意味で監視カメラの設置に意義はある」との声もあった。
ベルリンで2016年12月19日、クリスマス市場を狙った「トラック乱入テロ事件」が起きたが、ソフトターゲットを対象としたテロの防止には限界があるように、今回のような単独犯の事件を防ぐことは難しい。注意しなければならない点は、模倣犯が出てくることだ。夏季休暇シーズンに起きた今回の事件は国民を不安にさせている。
それにしても模範難民「A」に何があったのだろうか。Aの犯行動機を解明する必要がある。
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「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年8月1日の記事に一部加筆。