韓国聯合ニュースは28日、北朝鮮の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」が27日付で「世界的に懸念されている電子タバコ」という題の記事を掲載し、「電子タバコは一般のタバコと同様有害だ」と警告した、と伝えた。
聯合ニュースはその際、「8月に行われた新兵器の試射を視察した金正恩委員長が、たばこを手に同行した軍幹部と話している」という絵解き付きの写真を掲載し、タバコ好きで有名な首領様と労働新聞の記事の趣旨が一見矛盾していることを示唆した。
北朝鮮は民主国家ではない。金日成主席、金正日総書記、そして3代目の金正恩党委員長の3代の独裁者が実権を握っている国だ。その“首領様”の命令は至上命令であり、誰もがそれに反対できない。それは単に政治・社会分野だけではなく、日常生活の趣向分野にまで及ぶ。金正恩氏のヘアスタイルは労働党幹部から2世、3世にまで影響を及ぼしていることはいうまでもない。
それでは、タバコ好きで有名な金正恩氏が一般のタバコではないが、電子タバコの有害性を示唆する労働党新聞の記事を読んだならば、どのような反応を示すだろうか。激怒どころではなく、タバコの有害を書いた記者を即、政治収容所に送るだろうか。ただし、首領様がタバコ好きということを知らない労働新聞の記者はいないから、金正恩氏の了解を得たうえで掲載された記事と受け取るほうが妥当かもしれない。
それでは、金正恩氏は突然、回心ではなく、禁煙を決意したのだろうか。3人の子供の父親でもある金正恩氏は子供のためにも長生きしなければならないと考えた末、禁煙を決意したのだろうか。
ハノイで今年2月末開催された米朝首脳会談の休憩時、金正恩氏が喫煙している写真が流れた。それはタバコが好きといった風ではなく、タバコに救いを求めているような依存性が伝わってくる写真だった。ストレス解消の手段でもあり、精神安定の手段としてタバコを口にしているといった様子だった。その金正恩氏が子供のために長生きを目指して禁煙を決意したとは考えにくいのだ。
喫煙を愛する金正恩氏の逆鱗に触れることなく、労働新聞が国民に向かって禁煙の勧めの記事を掲載できるだろうか。民主国家では為政者と国民の間ではコンセンサスがないテーマは少なくない。メディアの世界では為政者を批判することが報道の客観性と受け取られているほどだ。
聯合ニュースによると、「労働新聞は電子タバコは一般のタバコより安全だという見解は全く覆された。電子タバコも有害であり、多くの肺疾患患者が出てきている」と指摘し、「電子タバコは青少年に非常に有害であり、タバコを吸わない人にも影響が甚大だ」と述べているのだ。
独裁者の嗜好、喫煙を厳しく有害だと指摘することはちょっと考えにくい。もちろん、金正恩氏は一般の外国産タバコを喫煙しているのであって、電子タバコではないが、それでも「タバコ喫煙は有害」というイメージを広める契機となることは間違いないだろう。それだけではない。「北朝鮮では外国産たばこの輸入を制限し、国内でのたばこ生産も中止するなど、禁煙政策を推進している」というのだ。
興味深い点は、朝鮮労働党新聞が電子タバコの有害を報じる前日の26日にロイター通信が電子タバコの有害を大々的に報じているのだ。米疾病対策センター(CDC)は同日、電子タバコの有害性が確認されたと報じ、肺疾患の件数が805件、死亡例は12件と、増加傾向が見られるというのだ。
CDCによると、「9月24日時点で、カリフォルニア、フロリダ、ジョージア、イリノイ、インディアナ、カンザス、ミネソタ、ミシシッピ、オレゴンの各州で死亡例が確認された」というのだ。
要するに、ハノイの米朝首脳会談後、非核化に関する米朝実務協議はまだ始まっていないが、電子タバコの有害性では米朝間で既に見解が“一致”しているわけだ。
繰り返しになるが、「タバコ好きの金正恩氏」と「禁煙を勧める労働新聞の論旨」間の相違、ないしは対立はなぜ生じたのだろうか。以下、当方の推測だ。
①労働新聞編集部は、ヘビースモーカーの首領様・金正恩氏の健康を案じて、自発的に報じた、主体性を国是とする「主体思想」の実践だ。
②労働新聞編集部は、誰も我々の記事など読んでいないと考えて、ロイター通信から流れてきた記事を朝鮮語で訳する気持ちで掲載した。
③労働新聞編集部は、電子タバコの有害性というテーマを利用し、国内の反金正恩氏の結束を秘かに呼び掛けた。
④労働新聞編集部は、金正恩氏が禁煙を決意したことを受け、今後、徹底的な反電子タバコ、禁煙路線でいくことを決定し、第一弾の記事として掲載。
いずれにしても、「労働新聞の論旨」と「金正恩氏の嗜好」の対立、矛盾は、「全ての事象は対立や矛盾を介して発展する」というマルクス主義の史的唯物論の視点から考えれば、案外スムーズに理解できるかもしれない。労働新聞編集部も統合、調和ではなく、対立と矛盾こそ歴史発展の原動力と教えられてきたからだ。
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「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年9月29日の記事に一部加筆。